時を越える声、孤独に寄り添う希望 ~TVアニメ「CUE!」第16話『二十歳になった私へ』覚書~

・まえがき

昨年サービスを停止したソーシャルゲーム原作のアニメ『CUE!』を見た。

2019年の名作アイドルアニメ『Re:ステージ! ドリームデイズ♪』の座組が再集結し、16人もの新人女性声優たちが奮闘する姿を映した本作。見始めた当初はいやメインキャラ2桁とか多っ! という印象が第一にきたが、2クール目も半ばを過ぎた頃には全員フルネームで言えるようになっていた。記憶力がまずい私としてはこれだけで軽い感動がある。
16人をアフレコ組・アイドルユニット組・Webラジオ組・産廃組の4人×4チームに分け、各キャラの個別回をチームの4人主体で回す群像劇。2クールという潤沢な尺を素直に活かした嬉しい構成だ。四組四様のドラマを通してチーム単位で描かれるテーマは「演技」「自立」「発信」「仕事」となんとも新人声優らしい。気がする。
見た目はポップな萌えアニメでふざけたシーンもかなり多いのだけど、よく見ると24分の中に散りばめた要素に意外なほど無駄がない。堅実な回からキマった回までどのエピソードも完成度が高く、終盤ではリアタイ後に追い視聴するのがデフォルトになっていた(就寝は朝4時を回る)。
キャッチーな楽しさとスルメ的な面白さをしっかり兼ね揃えた、私が大変好ましく感じるタイプのアニメ作品であった。プロジェクトヒンメルというかライブ周りはぴんとこないこともあったけど、そういうごちゃっとしたトコも含めて声優だと最終話で納得させられてしまった。天晴だった。

本記事ではその中でも特別心に残ったエピソード、元子役・宮路まほろの個別回である第16話について書き留めておく。私的メモなので幻覚だったり飛躍している箇所も多々あるはず。もし目を通すならまほろのように前向きな想像力で補完してほしい(???)。
まほろが属するWebラジオ組(通称Wind組)の物語の軸となっているのは、ざっくり言えば『遠く離れた誰かに距離/時間を越えて声を届けること』。ラジオの開始と〆の挨拶「おはようこんばんはこんにちは」「いってらっしゃい。おかえりなさい。おやすみなさい。またお会いしましょう!」もしっくりくる。このテーマを総括するのが美晴回の20話だがここでは割愛する。
絢回の6話は離別に、莉子回の14話は距離に着目した話だった。そして16話はまほろが約10年に渡る時間という隔たりを越えて、過去と未来の自分に届かないはずの声を届ける物語である。

・おぼえがき

「ひとつだけ、教えてほしいことがあるの」

アバン。小学生の頃のまほろが未来に投げかけたひとつの問い。

「なんだか未来の服みたいね」

Aパート。モーションキャプチャーのシーンで美晴がこぼしたこの一言は、今・ここが昔のまほろにとっての未来に位置することをそれとなく示している。
子役時代は多忙のため友達がいなくて孤独だったまほろ。ロープレとはいえ素の自分で協力プレイをするのは今も不慣れなのかも。どこかおずおずとした様子でまほろは冒険の旅についていく。いや単にシチュエーションが異常極まってるからかもしれないが……。

手を強く握りすぎて友達役の子に睨まれてしまった過去。
子役の頃のそんな夢を挟み場面は寮のリビングに移る。まほろの母校からタイムカプセルの受け取りに関する手紙が届く。
まほろは自分がタイムカプセルに何を入れたのか覚えていない。冗談交じりとはいえ虫でも入ってるんじゃないか? とか言う始末。6話冒頭でも赤い風船を見て「子どもの頃はこんなものが欲しかったなんてね」と呟く彼女である。まほろにとって過去のまほろは半ば他人じみた存在となっている。

Aパート〆、すれ違う過去の姿を車窓から幻視するシーンは象徴的。
美晴を連れて故郷の名古屋へと帰ってきたまほろは歩きがてら、孤独だった小学生時代の記憶を口に出して振り返る。防護柵、フェンス、無人のベンチと心象を表したようなカットが続く。飛石をぴょんぴょん渡る美晴の楽しい姿が清涼剤(冒険要素)。
カフェに着いて話が終わる頃、まほろはタイムカプセルに入れたものを思い出す。

「どうせまほろのことだから、世の中を斜めに見た生意気でくだらない文章だと思うの」

彼女は過去に書いた作文の内容を後ろ向きな予想で語る。作文を入れたことは思い出せても、その時抱いていた気持ちには想像が及ばない。代わりに、掘り返したら嫌な気分になるという確信めいた予感がある。
まほろは帰ろうと提案するも、今度は逆に美晴に連れられて母校へ。
ふたりは異常な深さに埋め戻されたタイムカプセルを掘り返す(冒険要素)。ここでも防球ネットや木の枝といった遮蔽物の画が入るが、漏れ入る夕陽が直後に回想される夕暮れの教室と重なって印象に残る。過去から降り注ぐ光のよう。

「どうせ私のことだから、冷めた目で世の中を見て大人になり切れず、一匹狼気取りでやせがまんしてるんでしょ。今の私と変わらないよね」

作文には先のまほろの言葉を写し鏡にしたような一文が記されている。
結局、彼女の読みは昔のも今のも的中してしまっている。しかしその後に続く問いかけと返答を求めない宣言は、今のまほろの予想を大きく裏切る。

「大人になっても、あなたはこどくですか? でも、それでも大丈夫。私は、私が好きだぞ」

「頑張れ、まほろ!」

最後のエールの声はよく見ると作文には記載されていない。*1
今のまほろにこの声を届けたのは蘇った記憶であり、かつての彼女が抱いた諦観であり、「それでも」と言い張れた芯の強さ・前向きさだ。


……誰も見ていないことを確かめて、ひっそりしたためた問いと想い。
それがすぐ虚しさを覚えるような、気まぐれの追記に過ぎなくても。
彼女はその時「それでも」と書いたのだ。孤独な今と、孤独かもしれない未来の自分自身に向けて。

そして未来の――今のまほろの状況も、過去の予想を裏切っている。
手がボロボロになってもまほろのためにスコップを握り続ける、その手でまほろの手を取ってくれる、そんな友達が目の前にいる。

Cパート、まほろの過去を巡る名古屋へのよきふたり旅は終わって、今度はWind組の4人で先の見えない未来への冒険に旅立つ。
冒険サバイバーズの収録中、まほろの独白からシーンは小学生時代に移行。

「大丈夫だよ、心配ないからね」

夕焼け空とは対照的な今/未来を思わせる青空(AiRBLUE)をバックに、今のまほろのこの声に呼応するように過去のまほろが空を振り仰ぐ。
聞こえるはずのない声――タイムカプセルに埋めた質問の答え――に対して彼女は満足そうに微笑み、またひとりぼっちの旅を再開する。
ひとりであることは変わらないのに、その足取りはどこか軽やかで。
アバンに対応し、Aパ〆とBパ山場の構図も織り込まれた、まとまりの良さと情感を両立した美しいエピローグである。

・そえがき

過去と今の自分が互いに持つ「どうせ~」という冷笑混じりの予想が裏返り、手紙に書かれていない「頑張れ」と時を遡る「心配ないからね」が届きあう。
未来へと励ましの声を贈り、未来からの応答さえ受け取る。
そんな前向きな想像力のことを希望と呼ぶのだと私は思う。
あるいは、これもまた演技という題材とつながっているのかもしれない。頭の中で他者を思い描き、その言動をなぞってみること。そうした営為はきっと相手に必要な言葉を選び取る助けとなる。
歳月に隔てられた自分自身が相手であってもそこは変わらない。

話をひっくり返すようだけど。
今回のエピソードは言ってしまえば、ぼっちだったまほろにも友達ができて良かったね~というお話ではある。あるのだけど、同時にまほろの孤独に寄り添ったお話でもある。
過去/未来との対話そのものはまほろの中で自己完結している。
タイムカプセルを掘り起こせたのは美晴が背を押してくれたからだし、今のまほろが涙を流すのは「ちゃんと友達ができた」喜びからだろう。彼女曰く。
けど、過去のまほろは将来友達ができるという結果に救われたわけではない
受け取った未来の声は叶う見込みも薄い第二の希望である。
そも、手紙に書いた第一の希望「(自分を好きでいるから)大丈夫」と未来からの「(友達ができたから)大丈夫」ではニュアンスからして違うわけで。

もし仮に、今のまほろがWind組という仲間を持ち得なかったとしても。
過去のまほろはそんな未来とは無関係に「大丈夫」だったのかな、と思う。
友達がいるいないではなく、そんな自分がそれでもなお好きだから。未来の自分に「好きだぞ」と胸を張れるくらい、覚悟を持って生き方を選んだから。
無論、寂しさは拭えないままだろうけど。今に至る十余年と同じで。

まほろにとっては「ちゃんと友達ができたこと」が一番の出来事である。
もちろん私も、彼女の孤独が癒えたことには嬉しさを覚えている。
けど、ホントに大事なのは自分を好きでいることだよな、とも感じる。
孤独は寂しい。頑張れ! と自分を励ましたくなる程度にはキツい。長く続けばそんな自分がイヤになる日だって来るかもしれない。
それでもそんな未来までひっくるめて「私は私が好きだから大丈夫」なんて言いきれる、強がれる、エールを送れる、そういう確固とした意志があれば。
……まあ、ずっとが無理なら、瞬間的にでも言いきれる気分になれれば。
人は上を向いて歩いて行ける。自分で自分の孤独に寄り添える。
このエピソードはそう言ってのけた。
その包容力に泣いてしまった。

いかにも友達ができて一件落着したようなこの話には、実のところまほろのように孤独を選んだ、選ばざるを得なかった子たちへの優しさと敬意がある。刺さった要因としてはおそらくこの筆致こそがもっとも大きい。
宮路まほろはカッコよかった。淡い希望を胸にひとりでも未来へ踏み出せる心の強さも、孤独だった過去の記憶にひとりでは踏み出せない心の弱さも。どちらも嘘のない地続きの姿で、だからこそ見ていて眩しい。
6話で猫の飼い主に(ちと強引でも)感謝の言葉をいただけないかお願いしたり、22話で絢に直接声がけたりするシーンも好きなんだよな。プロとしての矜持、人並みの強さと弱さ、他者に手を差し伸べられる優しさ……宮路まほろ……(筆の置きどころを失ったので脱線して終)。

・あとがき

いいアニメでした。この回以外では恵庭が頼る占いやジンクスを否定せずにむしろ自分たちで運命を作り出さんとするおいなりさんな4話、新人声優・陽菜と少女A・モモミが世界の中からお互いを見つけあう5-12話、鹿野志穂の悩みを通して声質と演技の相補的な関係を描いた8話、年長者である赤川の脆さに徹底して寄り添ってみせた11話、鳴への核心を突いた問いかけを意図的に放置したうえで今はただMoon組と丸山の傍で声優を続ける鳴を写し取った19話、先に触れたWind組の総括となる美晴回の20話などが好きです。受け取ってくれる誰かに声を送り届けるのが声優なのだ、と全員の物語をパワフルにまとめあげた最終話もグッド。←でキャラの呼称が名字だったり名前だったりフルネームだったりするのはなんだろう、呼びやすさ……?
他の話数でもいっぱい書き連ねたいことあるけど今回はこのへんで。原作からどう翻案したか気になるしアクセス手段欲しいぞう。

*1:ちなみに原作アプリの当該エピソード『dig down メモリーズ』では直接手紙に書かれているとのこと。再構成にあたって明確な演出意図を感じさせる改変である。