日々を彩る世界のコントラスト ~TVアニメ『江戸前エルフ』の眩しさについて~

・はじめに

風薫る5月、2023春クールも4話を越える頃となりました。
話題作からマイナーどころまで今期もアニメは大豊作です。2クール目を迎えていよいよ世界の苛烈さが浮き彫りになった機動戦士ガンダム 水星の魔女』、劇場アニメと見紛うばかりのレース表現から目が離せないウマ娘RTTT』、ふたりの柱をレギュラーに据えて上弦の鬼と激突する『鬼滅の刃 刀鍛冶の里編』。世間的な注目度はこのあたりがスリートップでしょうか。半天狗マジでクソボス過ぎる。
親子二代に渡る運命が少女たちを翻弄する『BIRDIE WING』、デフォルトが倍速・ヤバすぎるスピードで視聴者を圧倒する『転生貴族』もヲタク界隈では大人気です。『イセスマ』『いせレベ』『いせにど』と揃った今期3大伊勢アニメも、それぞれ尖った個性で視聴者のアニメライフを充実させていることでしょう。

さて、そんな群雄割拠の春クールにおいて、シンプルながら異彩を放つタイトルのアニメが江戸前エルフ』です。

OTAKU ELF。これ、英題でもあるんだぜ……。

放送時間は今期の中でもとりわけ深いキンヨル26:23~アニメイズム。翌日が土曜とはいえリアルタイムの視聴は厳しい枠です。加えて内容をイメージしづらい一見イロモノめいたタイトルは、ネット配信でアニメを観る層をも遠ざけてしまっている可能性があ……いや配信サイトでのランキング割と高いな。もっと伸びな。
じわじわと広がる人気に違わず、本作、ことのほか面白いのです。日常、萌え、ご当地、歴史、グルメ、異種族百合(広義)にSF(すこしふしぎ)。ふんだんに盛りこまれた諸要素がとっ散らからずに調和しており、非常に幅広い層にリーチしうるポテンシャルを秘めています。
この記事では現時点で筆者が感じている本作の魅力について、未視聴の方への紹介文チックにつらつらと書き綴りたいと思います。ちなみにですます調で書くのは今回が初めてです。普段はもっとクッソ偉そうにしています。1コ前の記事とか見ちゃダメよ。

・土地と歴史と現人神と――設定と描写が織り成す実在感

本作は江戸時代に異世界から日本に召喚され、以後ご神体として神社で祀られ続けているひきこもりのヲタクエルフ・エルダ(621歳/不老不死)と、彼女に仕える新米巫女・小糸(16歳/女子高生)が主役のゆったり下町コメディです。改めて見るとすごい設定だな。
その舞台は東京、中央区は月島という実在する町となっています。仲通り商店街や隅田川沿いのウォーターフロントのような観光スポットから、近年とみに増えた高層住宅になんてことない通学路の景色まで。古さと新しさ・華やかさと素朴さが入り混じる背景美術は、それ単体で匂い立つような空気をまとっておりとても魅力的。眺めているとつい足を伸ばして聖地巡礼に赴きたくなってきます。

セピア色の路地裏ときらびやかな夜景。町の二面性はそれ自体が神秘的に映る。

この月島の背景は物語的にも大きな役割を果たしています。
ひとつは現実感。「金髪長耳のエルフが400年以上祀られている神社」という本作最大のファンタジー要素は、舞台となる月島のリアリティを足場として確立されています。
月島のとある神社にエルフが居て、町民に祀られ、親しまれている。中心に据えられたフィクション全開の設定が浮わつかずに成立するのは、ひとえに現実を現実として写し取る筆致の緻密さゆえでしょう。地域に生きる人々の吐息にはたしかな温度が宿っており、写実的な舞台はその上で描かれる表象の下支えとなっています。
創作において現実感は必ずしも要るわけではありませんが、本作に関しては間違いなく功を奏していると言えるでしょう。

人工物で雑多な街の中、適宜挟まれるロングショット。
周囲の様子ごと被写体を捉える構図がキャラの実在感を引き上げる。

もうひとつは現代らしさ。あるいは江戸に対しての月島というか。
エルダは江戸ができた当初から町を見守ってきた存在です。生き証人たる彼女がたびたび語る江戸の豆知識は興味深く、雑学番組めいた面白さは視聴者を退屈させません。エルダ本人の当時の所感や挙動、現代知識とのズレが描かれるのも好ポイント。単なる知識の引用に留まらず、キャラの掘り下げやコメディに昇華されています。
そしてかつて江戸がどのような町で、どのような営みがあったかが語られる時、そこから変わった/変わらない今の姿もおのずと浮かびあがってきます。

江戸より明るい月島の夜、巡回は同心ではなく警察官。夜ふかしする子どもの姿も。

現代の街の景観はそうした変化と不変の到着地点です。ヲタクグッズやグルメ、現代文明の利便性をフィーチャーする作風の延長線上にあります(というか、屋台骨として舞台も現代っぽさを大事にしているというのが正しい)。
そこには大河ドラマさながらの雄大なスケール感と、今この時代・この瞬間を生きる人たちへの優しいまなざしが同居しています。
時とともに変わりゆく街並み、世代を重ねて過ぎ行く人々。流れる時間の中でエルダはときに順応し、ときに拒否感を示しながらも、当代の巫女である小糸と現代の生活を謳歌します。

「もし土着神が肉体を持って遠い昔から町に住んでいたら?」――そんな突拍子もない仮定に時間的・空間的な広がり(歴史と町)を与えることで、アミニズムSFとしての血肉を通わせ、暮らしの質感を底上げする作り。
月島で繰り広げられる彼女たちのおかしな日常劇がひときわ眩しく映るのも、本作の芯に現実の舞台への深い造詣と真摯さがあるからでしょう。題材をネタとして消費するのではなく、題材とともに独自の設定・キャラが在る。いわゆるご当地アニメとしても徳が高く、優れた作品だと思います。

実写の美術の上でLive2D的に一枚絵を動かす独特のED映像*1も、虚構と現実のあわいを往く本作の在り様を示しているのかもしれません。

・感情の波に視聴者を乗せる――美少女アニメとしてのルックの良さ








ランドセルの色は何色ですか?😊😊😊
さて、ひときわ眩しい日常にはひときわ眩しい画がついてこなきゃウソです。そして本作は見ての通り今期有数の美少女アニメ美麗な作画にコメディならではのポップでキュートな演出も加わり、筆者のような萌人もえんちゅも大満足のビジュアルに仕上がっています。本作と同じくC2C制作・安斎剛文監督が手掛けた『ひとりぼっちの〇〇生活』を彷彿とさせるクオリティ。ついでに書いとくとこれも超名作です。

光る!鳴る!デフォルメされる!デラックスなかわいさがここにあ……溶けすぎだろ。

現代の日々を満喫するぐうたらのエルダとしっかり者の小糸。ふたりのかけあいを主軸とした日常は喜怒哀楽に満ちあふれており、観ているこちらも彼女たちのテンションに引きずられて楽しくなってきます。小清水亜美さんが演じるエルダの引きこもりらしい(?)ふにゃっとした喋りと、尾崎由香さんが演じる小糸の柔らかくもまっすぐ通った声も素晴らしい。アニメっぽさと身体性を両立しており、耳に心地いいキャッチボールとなっています。
そんな嬉しい萌えアニメでもある本作ですが、中でも特に注力されているのがご飯と食べたときのリアクション。俗に言う飯テロシーンが多く、出てくる料理もバリエーション豊かです。夜中に観るには目に毒かもしれない画が隙あらば飛んできます。ちなみにここでも実在するグルメを頻繁に登場させていたり。

もんじゃみたいな月島グルメだけではなく、お取り寄せや土産物も出てくる。自由。

そしてそんなグルメの数々を口にした瞬間の小糸ちゃんたちが…………ムォ!!

神は「光あれ」と言われた。すると萌があった。ゃ、漏れは小柚子チャソ派でつが……ノ。

「全身で喜びを表現する」なんて言い回しがありますが、本作はまさに画面全体でハッピーを演出しています。なんなら食べ物も光っています。✨←これで。なんもかんもピッカピカです。カメラを通して小糸たちの高揚感を分けてもらっているわけですね。彩度高めの画作りなのも明るい印象に寄与しているのかもしれません。
食べ物の見た目、食べ物の由来、食べた人たちのリアクション。この三要素によって美味しさという中心の空白を表現するのがグルメものですが、そのあたり本作はかなりやれています。いやグルメものではないんだ……話が逸れました。
先に挙げたエルダのプラモデルや小糸のブランドバッグも同様です。すてきなものは光って見えます。光はこちらの心も照らします。本作の日常パートで筆者は幸せのおすそ分けをされている気分になります。1週間労を頑張ったご褒美かな? 金曜夜の身体に沁みる……。

また、こうしたルックの良さはまじめなシーンでも形を変えて発揮されています。
たまに忘れそうになりますが本作は巫女ものとしての一面も備えており、祝詞の奏上や継承の儀といった神事も時おり描かれます。ぴりっとした神事の空気感は月島のリアルな風合いともマッチしており、非日常の荘厳さを帯びています。デフォルメや漫画的表現を多用する平時の作風も鳴りを潜め…………たかと思えばガクッとギャグで崩してオトしたりするのも本作の味。コメディだからね。
俗っぽさと神聖さ、弛緩と緊張の間で小糸たちはさまざまな顔を覗かせます。映し出されるのは記号的な嘘ではなく、真に迫った感情の機微です。だからこそ上述したコミカルな表現やキャラ萌えも上滑りしないのだと思います。同じ人間が浮かべる地続きの顔のひとつとして受け取っていけるというか。「こいつ萌えついてるな」と「萌え!」の違いです。お分かりいただけるでしょうか(は?)。

神事をこなしてほっとひと息。3話〆の情景は本作のカラーを端的に表している。

身近な喜びを扱う作劇にかわいい画と演出・芝居が相まって、視覚的・聴覚的な幸福度がとても高いアニメ映像。それでいて要所では雰囲気を引き締め、キャラと世界観の魅力をいっそう引き出している。
硬軟合わせ持ち、緩急も利いた隙のない設計と言えます。萌えはあればあるだけ嬉しいしアニメはエロいに越したことはないけど、ペタっと要素を貼り付けるだけでは決して届き得ない"高み"があります。本作の萌えはその領域に到達しているでしょう。ワザマエですよ。
でもCVくぎゅの褐色ロリエルフが関西弁喋るのとかはズルだと思う。盛りすぎだろ、属性をよ。

・少女とエルフ、諫めて見守られて――今ここにある対等な関係

関ヶ原

自堕落な生活を送るご神体のエルダを新米巫女の小糸がぷりぷり注意する。主役のふたりによるこのコントは本作における定番ネタです。
本フォーマットの魅力は「成熟しているはずの年長者が年少者に叱られる可笑しさ」にあります。実際、普段のエルダは欲望のままにふるまうダメなやつ(※小糸評)です。常にコタツでだらけ、通販で無駄遣いし、神事さえも面倒くさがる。ダメ人間ならぬダメエルフ、はたまたまだ小さい子どものよう。傍から見ていると小糸のほうがお姉さんかお母さんみたく映ります。*2
しかしそんな小糸もまだ16歳。背伸びして買ったブランドもののバッグも似合いません。ケンカで泣いて家を飛び出したり、悪ノリしてお菓子を食べすぎたり。そういった年齢相応の幼い一面も当然持ち合わせています。
対するエルダもまた、定命の人の子を見届けてきたエルフらしい成熟した顔を有しています。

小糸に在りし日の先代巫女を重ねて慈しみを湛えるエルダ。

小糸が幼い顔を見せる時、エルダが成熟した顔を見せる時。両者の立場はいつもと入れ替わり、年齢通りの子どもと大人の関係にシフトします。こうした瞬間に感じられる平時とのギャップもこのコンビの大きな魅力です。
また、片方が子ども役の時はもう片方は大人役、と決まっているわけでもありません。時にはふたりとも子どもに立ち返って一緒にはしゃいだりもします。小糸もエルダと同じように欲望に従ってしまう日もあって、むやみに叱ってばかりではない。培ったテンプレから外しつつ関係の在り方を拡げるイイ筆運び。

後のことなど考えず豪遊。最終的に年下の小柚子ちゃんに叱られるのがまた可笑しい。

保護者と子どものような関係でありながら気の置けない友人でもある。そんな主役ふたりの姿に筆者はドラえもんを想起します。どちらが大人役を担っていても親ほどの存在にはなりきれず、世話焼き止まりなのもそれっぽい。余談ですが1話で奉納されるあばら屋のどら焼きも元ネタはたぶんドラえもん*3
本作はこの基本構造に年齢の勾配と役柄の逆転を取り入れ、より対等な関係を描き出すことに成功しています。どちらのほうが姉・母/妹・娘らしいと一概には言いきれません。エルフと女子高生のコンビというのも絶妙な設定です。寿命のくびきから解き放たれているエルダと、子どもから大人への過渡期にいる小糸。それぞれに成熟した強い面と未熟で弱い面があるのも自然と飲みこめます。

育つ小糸と変わらないエルダ。人とエルフが生きる時間の差を意識させられるOP。

小糸が大人になったらエルダとの今の関係は変化するのか。
それともエルダにとっての小糸は慈しむべき人の子のままなのか。
稀有なレベルでバランスの取れた仲良しのふたりを見ていると、筆者は「今」という瞬間の貴重さをふと意識してしまいます。江戸ー月島という舞台と同様の侘び・寂びを感じてしまったり。変わる前と変わった後で輝かしいことに違いはなくともね。そもそも変わらないかもだけどね。

寄りかかったり寄りかかられたり、たまに一緒になってバカやったり。大人と子どもという枠組みを越えたふたりの距離感の近さと、その関係が今という時間の上に成り立っていることのかけがえのなさ。
ドタバタコメディに一滴垂らされた異種族もののほのかな切なさは、表立ってはいませんがたしかに作品世界に浸透しています。小糸の母である先代巫女の話も気になるところです。過度に泣きに振らない柔らかな作風もグッド。ワビサビですよ。

・まとめ

虚構と現実、昔と今、俗さと厳かさ、庇護と対等。作品が持つ多彩な色が響きあっていっそう鮮やかに映える。本作の魅力を支えているのは相反する要素のコントラストなのだと思います。ベースのコメディだけを切り取っても折り紙つきの面白さだけれど、こうした対照の妙が個々のネタやキャラの動きに立体感を与えています。どの設定にも無駄がなく、有機的につながっていると感じられる。日常を活写した作品とはこのようなものを指すのでしょう(盛りすぎかな……?)。
この記事では深く触れていませんが単話の完成度もきわめてハイレベルです。一見贅肉のように思えるネタをその回のテーマに絡めて、1本芯の通ったお話に仕上げる手腕にはいつも唸らされます。さくっと観られる肩肘張らない視聴感と、つい咀嚼したくなる味わい深さ。これもまた本作が有する二面性のひとつなのかもしれません。

個性豊かな新キャラも増えてお話に広がりを見せている本作。ゴールデンウィーク中お暇な方、とにかく面白いアニメを視聴したい方、この長文にお付き合いいただいた中で何かティン!とくるポイントがあった方。今期のお供にいかがでしょうか。
1話の配信URLはコチラ!(リンク先ABEMA)

ふたりの世界を大事にしながらもそこで閉じない、開けた作品が好き。

*1:https://twitter.com/mukai_jumpei/status/1646943480982413312

*2:年長者のほうが年下っぽいという構図はヨルデーエルダ、小糸ー小柚子間にも見られる。対比的な意図なのか癖《ヘキ》なのか……。

*3:藤子・F・不二雄ドラえもん,14巻(1977)3話「かがみでコマーシャル」に同名の和菓子屋と菓子が登場する。