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わかりあえない少女たちの、大切な絆の結び方。~TVアニメ『アンジュ・ヴィエルジュ』読解・総感~

アニメ

この宇宙には5つの世界があった。
夜と魔法が支配する黒の世界「ダークネス・エンブレイス 」。
祈りと神々が守護する赤の世界「テラ・ルビリ・アウロラ」。
科学と電脳が管理する白の世界「システム=ホワイト=エグマ」 。
武器と軍隊が統治する緑の世界「グリューネシルト」。
そして、青の世界――この「地球」。
ある日突然、その5つの世界を結ぶ門<ハイロウ>が開いた。世界接続、ワールドコネクト。それは、滅亡に向かう合図。
世界を支える力の源、世界水晶が力を失い、5つの世界が完全に繋がると、すべては滅びる。それが世界崩壊、ワールドエンド。
世界を滅亡から救うため、青の世界、地球の青蘭島に、世界を救う力を持つ少女達が集められた。特殊能力エクシードを持つ彼女たちを、人はプログレスと呼んだ。そして、プログレスとリンクしその能力を増幅できる者をαドライバーという。プログレスは、αドライバーと絆を深めることにより、強力な力を発揮する。
世界崩壊ワールドエンドを回避するため、彼女たちは、ウロボロスと戦い続ける!(第1話冒頭より)

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文句なしの2016年(暫定)ベストアニメ。
ガワは異形、骨子はド王道のとんでもないダークホースである。面白いかは人それぞれだが特異なアニメ体験となることは保証できる。

TCGソーシャルゲームを原作とするTVアニメ『アンジュ・ヴィエルジュ』が最終回を迎えた。初めて第1話を観た時にはちょっとエッチでバトルもあるよ! なヌルい販促風呂アニメかと思ったのだがヌルいのはこちらの想定であった。
透徹したディスコミュニケーションの厳しさを根底に据えた世界観の中、少女たちが絆を結んでいくエモーショナルで情緒溢れるドラマ。オムニバス形式で語られる彼女たちひとりひとりの苦悩は時に等身大、時に恐ろしく重く(ひとつは身障者のコンプレックスと相違ない)、それらが『ef』『喰霊-零-』などを手がけた高山カツヒコ氏により、熱量と繊細さに満ちた鮮やかな筆致で描き出される。
滅亡寸前に追いこまれた世界、チームの中心人物への不信と不和、それによる中心人物の仮死、と各人の悩みを抜きにしても非常にハードな設定群だが、作風がシリアスに偏りすぎないよう風呂シーンや気の抜けるギャグ、繰り返し見たら脳に深刻な損傷が発生しそうなコントにおかしみいっぱいの画ヅラ諸々を織り交ぜ、重厚さと軽妙さを兼ね揃えた奇っ怪極まる快傑作となっている。
すべてがかわいい『ごちうさ』がかわいさだけのアニメではないように、『アンジュ』も断じて風呂のみのアニメではないのだ。

この記事では全12話を5人のメインキャラごとの編+αに分け、いくつかの私見を交えながら各編の雑感を並べていく。どう読み取ったかの覚書ともいう。半ば文字起こしになってしまった編も多いがどうかご容赦願いたい。
もし未視聴の方で少しでも興味を持った方がいたのなら↓の序章の項までで一旦止まり、オールネタバレとなる以降へ進む前にぜひ一度視聴してみてほしい。話が熱を帯び始める第3話、できれば全体の構造を掴める5話まで。
アマゾンプライムビデオで観るのが今のところ一番安上がり。配信が軒並み有料(おまけに2週遅れ)なのがこの作品の最大のネック……。

【2017.3.16追記】↑のリンクが切れているためdアニメストアに差し替え。


また、本作がどういった作品なのかを最も端的に語り表しているのが以下の監督およびシリーズ構成・脚本への放送直前インタビュー記事なので、これも併せて読むのをオススメしたい。
中盤あたりまで視聴した後に読むと両氏のあらゆる発言に頷く他なくなる。

>高山:恐らくですが、1話を見ただけではわからないと思います。たぶん2話まででもわからない。3話までいったらもしかしたらわかるかもしれない(笑)。でも、4話までいったらわかるかもしれません。そこから先はきっと期待通りです。

 

1-2話(序章)

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「私には、もっともっと可能性があると思っていた」

序章は今後の闇堕ち展開のための助走、言うなれば種蒔きである。マジック:ザ・ギャザリングでいうなら初期ターンでの土地置きに相当する。
24分の視聴時間のうち約半分、11分弱が風呂シーン(体感時間に比して意外と短い?)。パートを跨いでも画面上では規制の閃光が踊っている。ショートアニメならいざ知らず30分枠のアニメの第1話としては異常という他ないだろう。度肝を抜かれた(そして視聴を切った)視聴者も多いのではないだろうか。
正直この1話を観て「この後何かある」とは直感できても、大化けするとまでは信じられない。そうした感じの開幕である。
そんな半分お風呂な第1話では、カードレアリティを強さの格とする身も蓋もない世界観、αドライバーとプログレスの関係、ウロボロスに攻められて世界がピンチ! といった基本設定と並行して、各色の世界(青、黒、赤、白、緑)の先輩メンバーと後輩メンバー――UCプログレス、主人公となるメインの5人――の関係性にもちょこちょこ触れていく。1話だけで17人もの登場人物、それも全員が女性というわけで誰が誰だか把握しきれない。蒼月紗夜と彩城天音くらいしかピンとこない。キツい。この1話は今年他に類を見ないほどに視聴するのがつらかった。
しかし今では何周もしている。考えてみれば不思議なものだ。

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本作最大の特徴として、真面目な話や人間関係の掘り下げはだいたい浴場で行うというのがある。このためどの話数においてもお風呂シーンは重要なのだが、特に読み応えがあるのがこの1-2話だ。しばらく話数を見進め、登場人物のプロフィールや各々の関係性を把握した頃に見返してみれば、端々の細かい描写が「こういうことだったのか!」「ひょっとしてこう考えていたのかも?」という人物理解・読解につながってくる。各世界での先輩-後輩-天音のドラマを見ていく上でもこれでもかとばかりに効いてくる。11分間の風呂はおそらく、構成上必然的に生じている。
いわゆるサービスシーンとしてのお風呂とはややスタンスが異なるのだ(恒常的にただそこにある肌色、という側面においては『ストライクウィッチーズ』のズボンも少し近いが)。
初視聴時は公式サイトのキャラクター紹介で誰がどういう人間か、どの色の世界に属しているかを軽く頭に入れておくことを推奨する。観ていけば最終的には全員覚えられるが、初見でもより楽しめるようになるだろう。実際私はそうした。
 

[他、印象に残ったシーン]

○1話アバン

「紗夜ちゃん、ウロボロス出現! 11時の方向!」
「わかってる」
「注意してね紗夜ちゃん、みんなが援護に行くから」
「わかってるって!」
「みんなが来るまで無茶しないでね!」
「だからわかってるって!」

びっくりするほど連携していない。後の話の戦闘と比較するとUCプログレス同士の功績の奪い合いにしか見えないほど。紗夜など天音にダメージを肩代わりさせて「こんなの無茶じゃないし!」とのたまう始末である。島に侵入したウロボロスは先輩ふたりが尻拭い。これはひどい
ナイアだけはアルマリアのサポートをしているようにも見える。

○1話・紗夜の過去

「他の誰にも真似できない、私だけの力。すごく綺麗、すごく素敵! 私自身すごいと思った。特別だと思った。なんでもできると思った。だけど」

紗夜の原初の風景。エクシードに覚醒した夜の記憶。
ここで紗夜が希った「特別」を埋めうるものはすぐ近くに存在するのだが(=天音)、最終編に至るまで気付くことができない。
また後述するが「誰か(天音)の特別」になる可能性は過去天音のチームに入った日に自分自身で否定してしまうため、最終話までの紗夜は「世界の特別」になることでしか心を満たされない状態となっている。

○2話アバン
寮への道がわからず迷うふたり。後ついてけばなんとかなるべーと日暮れまで他人の後ろに付いていく紗夜は根本的にテキトーで俗人だ。一方で自身も誰に道を尋ねるでもなく進み続けた天音、こちらは何かと気負う性分なのだろう。
手を繋いだら溢れ出すエクシードは視覚的にも美しい。紗夜が天音に運命じみたもの(≒特別)を感じたのだとしたら少し切ない。

○2話・紗夜と天音

「特別っていうのは、日向先輩みたいな人のことを言うの! 日向先輩や御影先輩みたいな、SRやEXRクラスの人のことを言うの!!」

先輩プログレスの美海・葵が訓練後に自分たちのαドライバーを気遣う傍ら、自身もあんなふうに強く特別でありたいと感じた紗夜は先輩たちとは対照的にαドライバーの天音を糾弾してしまう。
極めて悪意ある、しかし完璧なシーンの繋ぎ方である。
天音の「そんなことないよ! 紗夜ちゃんは特別だよ」が虚しく響く。自分は「天音の特別」なのだと今の紗夜が信じることはできない。
加えて、この時点で紗夜が求めているのは先述の通り「世界の特別」である。「誰かの特別」ではない。

○2話ラスト

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メイン5人と親しかった7人の先輩プログレスは全員闇堕ちし敵の手に落ちる。また、UCメンバーのリーダーである彩城天音を含めた青蘭島のすべてのαドライバーが敵の力によって封印される。絶望的な敗北。〆のブツ切りが生々しすぎる。
アニメ『アンジュ・ヴィエルジュ』真の幕開けである。


3話(青の世界編・1) 大切なのはわかろうとする気持ち

『アンジュ』を通底する価値観が提示される回。私が本作に惚れてしまった話数でもある。4周目くらいでボロボロ泣いてしまった理由が今なお判然としていない。

2話で天音の努力を知った紗夜だが、特別になりたいというコンプレックスは根深く、また今まで取ってきた態度も手伝ってすぐに変われはしない。3話前半において天音を助けようとする際の、どこか義務感を覚えさせる態度が痛々しい。
それらを一片残らず剥ぎ取るのが、闇堕ちした憧れの生徒会長、EXRプログレス・日向美海である。

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「大切なのはわかることじゃない、わかろうとする気持ち。でなきゃずっとわかりあえないまま」

努力を怠り、自身が弱い責任を天音に被せ、天音を理解しようともしなかったと断罪する美海に「人のことなんてわかるわけない」と反駁する紗夜はあまりにも直情的で、故にディスコミュニケーションの核心を捉えている。ちゃんと言わなければ、見せなければ他人の事情などわからない。それもまた真理だろう。
しかし紗夜の問題はそもそもわかろうとしなかった点にある。

2話序盤の風呂で天音を責める姿勢や、2話後半の戦闘での「(リンクが)全然来てない!」発言を見てわかる通り、UCプログレスたちはリンクが弱い原因を全面的に天音に被せている。3話アバンで天音に以下の台詞を告げられた紗夜は特にその傾向が顕著。

「紗夜ちゃんならSRにだってEXRにだってなれるよ! 私がついてるもん!」

天音がいるから私は特別になれる、という紗夜のロジックのスタート地点がこの天音の一言である。

2話で天音が拷問めいた特訓をしている事実を知った後もなお、紗夜が頑なな態度を崩せなかったのは、単なる気まずさのみならず、今まである種の自己正当化を続けてきたことへの後ろめたさも大きいのだろう。
天音が努力を続けており一人前のαドライバーであることが知れれば「どうして自分は弱いのか→天音の意識が低いから、訓練を怠けているから」という、紗夜の論理の逃げ場は失われる。
自分が弱く、特別でもない現実を、紗夜は認めざるを得なくなる。
紗夜が自分を特別だと信じるためには、紗夜の中の天音は怠惰でなければならなかったのだ。だから知ろうともしなかった。2話でその身勝手な思いこみが宙ぶらりんになった紗夜を、美海は容赦なく刺し、抉る。

「だからふたりの絆は弱かった」
「だからリンクが弱かった」
「だからあなたは助かった」

続けざまに美海に急所を突かれ、ついに紗夜は決壊、激昂する。寿美菜子さんの悲痛な演技が冴え渡る一幕。最初は開き直りにも聞こえる「わかってる、そんなことわかってる!」から始まり、告白は暗く深く落ち沈んでいく。

「私は怖かったんだ、自分が特別じゃないって認めるのが」
「だから何かのせいにしたかった」
「それで天音のせいにしてた」

だが「だからもう逃げない」を底とし、徐々に台詞と劇伴が上を向き始める。天音に謝るために美海をここで倒す、と決断し叫び剣を振り上げた瞬間、劇伴も一気に盛り上がりサビへと突入する。

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呼吸も忘れるドライブ感。ここで使用される劇伴はハイクオリティな曲が揃い踏みな劇伴中、戦闘時のキー楽曲となっている。私が作中最も好きな曲でもある。
雷雨に煙り暗い画面の中、光り輝く剣を打ち下ろすさまはコントラストが効きめちゃくちゃカッコいい。
自身の犯した負を負として受け入れ、しかし膝をつくことなく前へと踏み出すのが『アンジュ』のクライマックスの醍醐味だが、ことこの3話ではギアチェンジが間を置かず一瞬のうちになされる。息つく間もなく感情を持っていかれ、どうしようもなく胸をうたれる。
台詞、画、演出、音楽がガチっと噛みあったバトルシーンである。
拗らせたプライドを打ち剥がされ、等身大の、ありのままの自分を認めた上で今度こそ正しく進もうとする蒼月紗夜……愛い……。

また、美海よりこの教えを叩き込まれた紗夜が、今後の話数ではチームのリーダー役を担い、彩城天音というチームの不在の中心を埋めるかのような動きを見せていく。

[他、印象に残ったシーン]

○即ち、闇堕ち!

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精神の暗黒化……即ち、闇堕ち! の概念が初登場するのも3話である(アニメ番宣PVでさえ闇堕ちについては伏せられている)。さんざっぱら作中特有の固有名詞を乱発した挙句「闇堕ち」だけは「闇堕ち」なのが可笑しい。しかし本作最重要要素でもある。
自身の身を前線に晒さず、将棋の駒のように敵の最大戦力を味方に取りこむ「闇堕ち」。ウロボロスの取った戦略としては勿論、作劇面でも妙手中の妙手である。
言葉を持たない怪物を人間が討伐していくのではなく、人間同士の戦い。それも因縁深い先輩と後輩が普段隠している、本音の感情の衝突をメインディッシュに据えるのだ。

「きっと本音が溢れちゃうってことよね。溜まってた気持ちが全部」(6話より)

洗脳ではないのがミソ。
この闇堕ちにより本作は4話以降、激エモ熱血百合(?)バトルの様相を呈していくこととなる。そして御影先輩の伝説も始まる。ぁあ^~力が漲る……闇の力……これが私の力!

○まるでミサイル療法だ

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『アンジュ』必殺の型のひとつ、なんか科学的っぽいふわふわ説明もこの回で導入される。ミサイル療法のくだりは作中随一のわかりづらさだが……つーかなんだこの絵……

○3話ラスト
『アンジュ』必殺の型のひとつ、闇堕ち風呂。
日向美海がやられたようだな……ククク、奴は闇堕ちプログレスの中でも最弱……


4-5話(黒の世界編) あなたの思う私、私が思った彼女

両想いの吸血鬼と魔女がすれ違い衝突する百合編。
前述した通り『アンジュ』はメインキャラ1人あたり基本2話分の尺を用いて、オムニバス形式でシナリオを進めている。こうした形式においてはいわゆる当番キャラとその周辺を描いていくのが常だが、本作の特色として、ほぼ必ず二種類の1対1にピントを合わせてキャラを描く点が挙げられる。
ひとつは先輩プログレスとの関係、そしてもうひとつは彩城天音との関係である。
天音との過去を通じてUCプログレスは己の欠点・疵瑕と向き合い、自分自身や先輩との間に生じている心的問題を突破する。この基本構造をベースに各物語は進展していくわけだが、これが最も活かされたのが黒の世界編だと思う。
また、ここで垣間見える当番キャラと天音の描写から、間接的に彩城天音というキャラの人間性について考察を深めていくのも楽しい。
2話で早々に封印され、人格面において謎に包まれた存在である彩城天音。彼女がどういう人間なのかを考えるとき、視聴者の思考は、紗夜たちが天音をわかろうとする動きと相似なのだ。

4-5話では、アルマリアが天音のお姉さんであろうとしたのは、自分にとっての姉役であるソフィーナに憧れた結果の振る舞いだったということが語られる。優れた対象の行動を取り入れる、典型的な同一視。

「天音はああ見えて、うーんと気が小さくて、うーんとおっちょこちょいで、うーんと甘えんぼうなんです。私がいてあげないとひとりじゃ何もできない、うーんとダメダメな子なんですから」

「アルマはしっかりしてるように見えて、うーんと気が小さくてうーんとおっちょこちょいでうーんと甘えんぼうだから。私がいないとひとりじゃ何もできない、うーんとダメダメな子だものね」

執拗な台詞の反復でアルマリアの身勝手さが炙り出される。アルマリアもまた紗夜同様、自分に都合のいい天音像を決めつけ、わかろうとはしなかったのだ(ここでも2話の言動が効いてくる)。

「天音は私を慕ってくれました。でも、それで救われていたのは私?」

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とはいえ5話の回想シーンを見る限りでは、ソフィーナの方を向いてしまうアルマリアに天音が寂しがり、甘えるような素振りを取っているのも事実だったりする。アルマリアの「うーんと~」の指摘は、その実そこまで間違っていないのだ。1話で紗夜が天音を評した言葉(自分がない、相手によって態度をころころ変える)があながち違わないように。
ここでアルマリアと天音の凹凸がはまってしまったのはアルマリアにとって不幸だったのかもしれない。アルマリアは天音が「自分を満たす天音」であることに満足し、そこで彼女への理解を止めてしまったのだから。

「あなた、私に近づきたかったんじゃないの?  私のこと好きだったんでしょう?  尊敬?  信頼?  友情?  それとも恋愛?  あなたに私の血をあげる。その代わり、私にあなたのすべてを頂戴!」

「そう、私は子どもでした。子どもだったから、背伸びをしていて。背伸びをして、大人のふりをしていて。天音を子どもだと思うことで、大人のふりをしていて。だって、あなたには敵わなかったから! でも、今は違う!」

クライマックスの舌戦においてソフィーナとアルマリアの言い分は噛みあわない。互いに言いたいことを投げあっているだけだ。それでいて「お前はこう在れ」というソフィーナと「私は今はこう在りたい」というアルマリアの感情の衝突はきちんと成立している。
この会話劇の熱量の凄まじさ、心を揺さぶるパワーといったらない。「ガンダムのテーマは相互不理解である」とは安彦良和氏が唱えた言だが、本作のテーマを脇に置くとしても『アンジュ』はそのところどころに実質ガンダムみたいな歯触りを感じられる。「闇堕ちのくせにィイイ!!(11話)」とか。

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「アルマリアは、天音を助けるんでしょう!? アルマリアは、天音のお姉さんなんでしょう!?」

力及ばず地に伏せたアルマリアを守りながら紗夜が力強く声がける。
これまた素晴らしい台詞。自分がソフィーナごっこをするべく天音に妹役を押しつけた「天音のお姉さん」――アルマリアにとっての負の言葉――が、同じような傷を抱える紗夜の叱咤によって鮮やかな変貌を遂げる。
姉を支えてくれた妹を助ける「天音のお姉さん」という正の言葉へと、180度の転換を迎える。

「あの人を越えるため。そして私は、自分を越えるため」

紗夜の言う「お姉さん」になるために、アルマリアは己の羞恥心を克己し、紗夜の血を吸う行為へと踏み出る。
それと同時に、アルマリアの好意を確信し、初めては自分の血を吸うだろうと自分に都合のいいアルマリア像を決めつけていたソフィーナは激昂。
このシーンのエモーションも強烈だ。私は内心「わーー!わーーー!!わーーーーー!!!」って叫びながら観ていた。アルマリアが「自分の想像上の天音」を捨て、本当の天音を理解しようと決意した時、彼女は人間の血を吸えない「ソフィーナの想像上の自分」をも踏み越え、己が弱さからの脱却を果たすのだ。
ソフィーナ-アルマリアとアルマリア-天音の関係性を十二分に生かし、双方の対比と逆転を効かせた非常に美しいシナリオと言える。少年誌的熱さと百合濃度の高さではこの黒の世界編がトップ。台詞の脂の乗りもイイ。

[他、印象に残ったシーン]

○4話アバン

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空から全裸の女の子with規制の光が降ってきた! と思ったら血の繭になっていた。初っぱなから画も展開も心底イカれきっていて脳がふたつに割れそうになる。
それにしても地上数十メートルから落下した天音に大丈夫ー? とか暢気に声かける蒼月紗夜である。空を飛べるエクシードは高さに対する危機感が薄れているのかとも考えたけどアルマリアはキレてますよね……

○軍人コント
4話よりこれも『アンジュ』必殺の型のひとつ、きわめて視聴者の脳にわるいサナギ姉妹の軍人コントが投入される。率直に言ってこの姉妹は作中屈指のイカレポンチである。このコーナーを楽しみに視聴していた人も多いのでは。
この軍人コントを筆頭に、本作はシリアスな展開の中で冗談めいた要素を配置して手触りが重くなりすぎないよう、随所で工夫がなされている。余裕のよっちゃんとか。触手エロとか。
1個しかないロシアンルーレットおにぎりにふたりで向かうことに対して誰もツッコまないのが『アンジュ』流。

○黒の世界の大いなる意志

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黒の世界の大いなる意志(通称:黒の世界の大いなる意志)。これも画ヅラが面白すぎる。4話は初の御影先輩in風呂withポン刀や先の軍人コントも含めて『アンジュ』の画面の楽しさがフルに発揮された回でもある。

○5話アバン

「でも、アルマリアも特別だよ。だって私、アルマリアのこと好きだもん!」

紗夜にも台詞後半の「どう特別なのか」を2話で言ってあげられていれば、多少は違っていたのかもしれない。また、この心からの「大好き」をアルマリアたちが天音に返すのが最終話の崖での一幕……なのかも?

ゾンビ映画を語る蒼月紗夜

「輸血パックは?」

紗夜の本質的なボケボケさが垣間見える一幕。あなたちゃんと話聞いてましたか?(2話の「無茶なメニュー? ここって学食?」とかもズレてるよなぁ……)
吸血行為に対する紗夜の、この理解のなさこそがかえってアルマリアにとっては余計なしがらみなく吸いやすいというプラスファクターとして作用しているようなのが絶妙な采配。


6-7話(赤の世界編) 相互不理解の先にある絆

「それはやっぱり、考えてることがテレパシーでピピーっと伝わるくらい、心と心が通じたら友達かなー」

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前半の区切りとなる重要な編。美海の台詞を端緒とする相互不理解の問題はこの6-7話で頂点を迎える。
友達とは何ぞや、を再定義する7話のアバンは象徴的だ。『アンジュ』のアバンはどれも最高だがこれが私的ベストアバン。
片手を上げた相手に対し、なんとなく応じようと思えたなら、友達。そこには互いへの深い理解も、共に居て心地良いかさえも必要とされていない。

赤の世界に向かったエルエルは先輩プログレス・レミエルの計略によって仲間たち4人と分断され、闇堕ちでレミエルの背に生えた黒い翼についてどう思うか問いかけられる。エルエルの対応はぎこちない。レミエルに「素敵って言って」と迫られ、彼女は仕方なく口を開く。

「うん、素敵だね、レミエルちゃん」

嘘の笑顔を取り繕うエルエル。
このときエルエルはレミエル本人でなく、レミエルと自分の関係性を見ている。本音を言って関係が悪化すること、友達でなくなってしまうことを恐れている。レミエルはそんな彼女を許さない。不用意な言葉を巧みに引き出し、エルエルを追い詰めていく。

「本当にきれい?」
「きれいだよ! とっても素敵!」
「本当に素敵?」
「素敵だよ! すごく輝いてて、羨ましいもの!」
「本当に羨ましい? ひとりじゃ飛べないのに!?」

勘所。エルエルが羨ましいと言うのはレミエルのエクシード・光の翼だが、それは片翼という障害を背負っているからこそ発現した能力である。誰にでもできる当たり前のことが片翼の自分にはできない、そう語るレミエルのコンプレックスは身体障害者のそれに等しい。
(私の想像でしかないため不適切な例えかもしれないが)ドロドロとした鬱屈を抱えたまま車いすバスケで高速プレイをきめているプレイヤーAに、同じコートに立つ健常者のプレイヤーBが羨ましいと告げるようなものだろうか。

「私が楽しかったんじゃなくて、エルエルちゃんが楽しそうにしているのが楽しかったのかも。いいよね、きれいな翼を持っていて。私は片方だけ」

ブルーミングバトル(戦闘訓練)のたびにレミエルが誰にも打明けられない鬱積を溜めていたのであろうことは想像に難くない。
無邪気にエクシードを羨ましいと語るエルエルの言葉は嘘ではなく本物だ。だからこそ、両翼を持ったエルエルに羨ましがられるのはつらかったのだとレミエルは吐露する。

「この翼を手に入れて、ひとりで飛べるようになって、あなたの嘘に気付いたの」
「私、嘘なんか言ってないよ!」
「ええ、あなたは嘘は言ってないわ。あなたの存在が嘘だったのよ! 誰にでも馴れ馴れしくて、誰とでも仲良くなって、勝手に心の中にずけずけと踏み込んで誰とでも友達になる! そんなあなたの存在そのものが嘘の塊なの」

問答の果て、レミエルはエルエルの存在そのものが嘘だと切り捨てる。言動すべてが相手に合わせただけの、上っ面で自分がない人間と言い換えてもいいかもしれない(7話でレミエルはエルエルの交友を「友達ごっこ」だと唾棄している)。
この後自分を倒せと語るレミエルの声音と表情の端々には強烈な自己嫌悪がちらつく。こんな自分を倒してほしいというのもまた、レミエルの本心なのだろう。

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エールフレンドの解除は2話での天音とのリンク解除を思い起こさせる演出。ここでのピンチをアルマリアのエクシードで乗り切ってしまうのが本当にこちらの精神にキツい。エルエルが泣きじゃくるラストは豊崎愛生さんの名演も相まり、本作屈指のつらい場面である。

一時撤退したエルエルたち5人。紗夜は消沈したエルエルを励ますべく声をかける。
レミエルが自分を嫌って(も)いた事実を知り、また自身の社交性自体が他人に合わせただけの嘘っぱちの態度だと謗られ、エルエルは自分が結んだ友人関係すべてを信じられなくなってしまっている。

「そんなことない! エルエルは大事な仲間よ」
「そうだよね、チームだもんね、仲良くしないと任務に影響するから仕方ないよね」
「違う! エルエルは仲間だし、友達だよ!」

ここで紗夜の口癖「仲間」についても言及される。とても間口が広く、使いようによっては非常に薄っぺらく響く言葉でもある。仲間とは? 仲間だから仲良くするのか? この問いかけは形を変えて白の世界編、9話でも反復される。

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エールフレンド・チェインルミナス。ふたりが友達であることの証左となる。エルエルが紗夜を友達だと信じ、自分も紗夜に友達と思われていると心から信じられた時、それは初めて発現する。
ここでの紗夜はエルエルを十全に理解しておらず、エルエルもまた同様である。それでもエールフレンドを使えた。友達とはどういうものかを象徴するこの事実が、今後エルエルの背中を支える大きな力となる。
レミエルのことをわかれなかったと自嘲するエルエルに、紗夜は自分も天音に対して同じだったと告げる。そして「わかることでなくわかろうとすることが大事」という3話での美海の言葉が、紗夜の口を通してエルエルに届く。

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「天音ちゃんはいつもはっきりともの言いすぎ! そんなだといつかケンカになっちゃうよ?」
「ありがとう」
「え?」
「エルエルちゃんも、はっきり言ってくれてありがとう」

また、ここで天音とレミエルの過去も描かれる。回想風呂。出会ったばかりの頃はエルエルもレミエルに翼の話はタブーとしていたのだ。それを1話での態度にまで変えたのは天音であった。(1話では自分から翼の話をふっているあたり、レミエルの業も深いのだが……それにしても片翼コンプレックスのレミエルに「翼がなくても天音はきれい」と言わせる脚本の剛腕には唸るばかり)

紗夜と友達でいられた事実、美海の言葉、天音の在り様。この三要素を柱とし、エルエルは再度レミエルの元へ踏み出す。その前に仲間たち4人とハイタッチを交わし、やっぱり友達であることも再確認。ここでも私はうるっとくる。この場面では明確な証明となるエールフレンドは使用されないのだ……。
そして4人に助けられエルエルはレミエルの待つ最下階へと着くのだけれど、ここからはふたりの会話劇を引き立てるべくしばらくBGMも無音となる。以後のふたりの台詞は脚本上一分の無駄もなく研ぎ澄まされており、一言たりとも聞き逃せない。ディスコミュニケーションと美海の言葉を本作の軸と捉えるならば、このシーンは『アンジュ』という作品の前半部クライマックスと言えるのではないだろうか。

「闇堕ちで手に入れた翼なんてちっともすごくない! 片翼でもレミエルちゃんはきれいだった!」
「それはあなたが両翼を持っているから言えるの。本当の私の気持ちはあなたにはわからない!」

エルエルも6話のときのような嘘は止め、レミエルと本音をぶつけあう。持つものと持たざるものの違い、身体的格差という致命的な断絶が改めて浮き彫りになり、両者の相互不理解もここに極まる。真骨頂はここからだ。

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そうだよ! きっと私にはわからない。でもわかりたい! だって、友達だから!」

エルエルはレミエルの苦悩がわからず、また完全にはわかり得ないとまで認める。そして、それでもわかりたい、とも。

「片翼でもレミエルちゃんのことが好き!」
「嘘!」
「片翼でもいつも笑顔で、光の翼を広げるとすごく幸せそうで、時々いじけてるときもあるけど、それでも頑張ってるレミエルちゃんのことが大好き!」
「……」
「だけど、翼のことばかり気にしてるレミエルちゃんは嫌。大嫌い!」

エルエルはお互いへの正しい理解にほんの一歩でも近づくために、まず自分が今レミエルをどう思っているかを、好きも嫌いもひっくるめてあけすけなく本心で伝えていく。

「仕方ないでしょ……だって、ずっと憧れてたのよ!」
「私、翼なんてどっちでもいいもん! レミエルちゃんでいてくれたらそんなの関係ないもん!!」

これもレミエルの核心を貫く。レミエルにとって片翼は自身と切っても切り離せない負の源泉だ。片翼である事実とレミエルという人格を分離することなどできない。「そんなの関係ない」のはあくまでエルエルのお話である。片翼に対するふたりの認識に、ここで更に埋めようのない隔絶が生じる。

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「だから、あたしの大好きなレミエルを返して!」

エルエルが返してほしいと叫ぶのは「私の大好きなレミエル」である。先にエルエル自身が語らった、1話ではエルエルの前で片翼を気にしていないと気丈に振舞った、そんなレミエルである。
エルエルはレミエルの抱える痛みを把握した。それでも翼のことばかり気にするレミエルではあってほしくないと、闇堕ち――感情が増幅し、本音が溢れ出る――の状態であってほしくないと、そう呼びかけているのだ。半ば押しつけといって相違ない。

「エルエルちゃんどうしていつもそんなにはっきり言うの」
「わからない。でも伝えたいの」
「それがあなたの嫌いなところ。だけど、それがあなたの好きなところ」

誰とでも仲良くなりたいと願い、なんでもはっきりと言う。翼に固執するレミエルは嫌いだと、あなたの翼の有無などどうでもいいと、そして光の翼が羨ましいと、そんなことまで率直に伝えられる。そのようなエルエルだからこそレミエルは彼女を嫌いであり、好きなのだ。

白の世界編はエルエルが友人・レミエルのことを本気で理解しようと姿勢を正す話であり、その上である種のエゴを押しつける話でもあり、同時にレミエルが友人・エルエルに十分に理解してもらうことを、少しだけ諦めるお話でもある。
彼女たちはやはり(少なくともこの時点では)わかりあえてはいないのだ。それでも絆は結び直され、エールフレンドも蘇る。ふたりは7話のサブタイトルが示す「本当の友達」となる。

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「ずっと、友達だよ」

そして私は少し泣く。

 

[他、印象に残ったシーン]

○アルマリアのクソムーブ

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アルマって呼んでマリア。それでは吸ってもいいですか?
たぶんこれも必殺の型。以後、何私の紗夜にちょっかい出しマリア、紗夜の背中は私だけが流しマリア、私が浮気だと思ったラインから全部黒マリアなどが発射される。独占欲強い三股女とかホントどうしようもないな……

聖闘士星矢
シーンではないが記載しておこう。白の世界編はちょこちょこ『聖闘士星矢 黄金十二宮』のパロディ要素が散りばめられているような。4話のアナザーディメンションとかチェインルミナスのネビュラチェーンとか宮殿降りる際のここは俺に任せて先に行けとか。壁や床に無数のエルエルちゃんの顔が浮かんでれば完璧だった(??)。


8-9話(白の世界編) 誰かを愛しく想える理由

白の世界編はこれまでとは少し毛色が変わり、3話での美海の言葉を直接的なテーマとして取りあげることはない。先輩プログレスであるカレン・セニアとステラの関係も描写薄めだ。
お話のベースは二軸ある。ひとつは天音とステラの擬似母子間における利用価値と親愛(条件付愛情か否か)のお話、もうひとつは相互理解問題の変形、人格の融合の是非について。
この編は2話にかけてそれぞれの軸が並行し、時に絡みあい進んでいくのだが、ここではまず物語の本筋となる、ステラの話から書いていくこととする。

「リンクすることで自分はエクシードが増幅する。天音は戦況を有利に進められる。お互いがお互いの役に立つツール。だから必要」

ステラは過去、命令を無視して天音に叩かれた出来事をきっかけに、自分が大切にされていたのは利用価値があるからに過ぎず、他の人間もまた同様であるという絶望を抱いている。利用価値抜きに自分が愛される、大事にされている可能性を全く信じられなくなっている。
さらに、自分がそういうふうに他人を大切に想うことさえ(思考の上では)できなくなっている。利用価値抜きの親愛自体があり得ないと信じこんでしまっているのだ。

「根拠に乏しい。利害関係だけでも仲間は成立する。」

「天音はステラを大切だと思っていた。なぜなら仲間だから」と告げる紗夜への返答は冷ややかでロジカルだ。生まれてからまだ間もない幼子であり、情緒が未成熟なステラは起こった事象を徹底的に縦に捉える。叩かれた事実に対して後に語られる「天音は命令を聞く道具を求めていた」という台詞が最たるものだろう。他の白の世界のプログレスたちと異なり、きわめてアンドロイド然とした態度である。

世界水晶への出撃前にも、紗夜の語る「仲間」の含意をステラは切り詰めていく。

「大切な仲間だよ」
「理解しがたい。利用価値が高いという意味での大切なら理解する」

そしてUCプログレス4人も天音も、もちろん自分も道具に過ぎないと語ったステラを紗夜は叩き、涙を流す。
(でも7話ではステラもエルエルのハイタッチに応じていたりする。この事実を顧みた上でステラの心情や思考、価値観を追ってみるのも面白い)

「なぜ泣くの」
「ステラがそんな悲しいこと言うから! 道具だって思っていたら、怒ったり泣いたりしない! 大切な仲間だと思っているからこそ、腹が立つの、悲しいの! 天音だってそう! 天音だって、ステラを道具だと思ってないよ」
「最初は自分もそう思っていた。でも違った」

紗夜は「大切な仲間だから感情が揺れるのだ」と、利害が一致するだけのドライな関係でないことを強調する。赤の世界編で「仲間だから仲良くしないといけないよね?」に「仲間だし友達だ」と返したことのちょっとしたリフレイン。

「天音は、命令を聞く道具を求めていた。自分は天音にとって利用できる――」

紗夜が叩いたこの時点でもなお、天音に対するステラの考えは変わらない。

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ステラは天音と共に夕色に染まる海上を飛んだ過去を思い出す。空を飛び楽しむ道具として利用価値を感じたから天音は自分を大切にした……天音との楽しかった思い出は、今やステラのそんな思いこみを補強してしまう重石となっていた。
このあたり、片翼という境遇を背負うレミエルと若干切り口が似ている。ステラが道具として作られたのは紛れもない事実であり、これもまた彼女からは切り離せない属性なのだ。ステラの思考と結論はその生い立ちから鑑みてもごく自然な成り行きであるといえる。
ただし、絶対的に片翼であるレミエルと異なるのは、使い手=道具として扱う者がいなければ道具は道具たり得ない点にある。
現に「ユーザー」という呼称を天音は8話冒頭で否定している。天音はステラの「ママ」である。
そして紗夜とエルエルはそれぞれ、ステラを仲間、友達だと告げる。このときステラは、少なくとも紗夜たちは自分を利用価値抜きで大切に思っている、と信じられるようになったのではないか。

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「天音が泣いている。さっきの紗夜と同じ。それじゃ、天音が泣いたの、ステラのこと大切だから?」

カレンニアに撃墜されたステラはメモリの損傷により、天音に叩かれたときの記憶を再生する。泣いていた天音を紗夜と重ね、天音も紗夜と同様に自分を道具としてではなく(=利用価値抜きで)大切だったのか、と思い至る。

「でも、自分が大切なのはスピード。誰よりも速く。誰よりも。でも、自分は、どうしてスピードが? どうして、どうして」

ここで8話での出撃前のお風呂シーンを思い返してみると、ステラは戦いに有利だから速さを求めるのではないと発言している。このときには「速くなりたい。ただ、それだけ」と理由については語られない。初見では加速のエクシードを持つ彼女が機能に傾倒しただけのように聞こえるが、次の回想シーンによりステラ自身も気付いていなかった、気付けなくなっていた真意が明らかになる。

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「そうだ、ママが。天音が笑ってくれるから」

ステラが速さを求めたのは、ひとえに天音が大切だったからだ。大切な人の笑顔が好きだからだ。叩かれる前の時期のみならず、速さを求め続けている今もなお。
ここに至りステラは、自分もまた天音に対して利用価値抜きの親愛の情をずっと持ち続けていたことに気付く。

「自分の、大切なもの」

ステラは天音に大切に想われており、ステラも天音を大切に想っていた。ステラが向けられ、そして向けてもいた両方のベクトルの「大切」から、利用価値という外付けの理由が取り払われる。
そして天音を本当に「大切」だと想うから、ステラは今一度飛翔し、加速する。

カレンニアを制し、ユーフィリアに感謝された後、ステラもまた涙を流す。

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夕焼け空を飛んだ日の天音の笑顔が、自身の利用価値に対しての感情ではなかったのだと信じられるようになり、ステラは「また飛ぼう」と言えるようになる。あの日感じた幸福は決して重石などではなく、本物の幸福だったのだと確信でき、互いが互いを「大切」なのだと思えたことの嬉しさが、ようやくステラの心に落ちてくる。紗夜や天音がステラを道具ではないと思っていることの証明とした「涙」という形が、今度はステラの両目に結ばれる。赤の世界編ラスト・レミエルとのエールフレンド復活と肩を並べる、本作トップクラスの名シーン。
ステラという情緒に疎いアンドロイド、まさしく道具として作られたキャラクターが、いわゆる無償の愛の理解に至れるよう見事にロジックが組み立てられた、しなやかで叙情的な編だった。

……なんだかここまででえらく長くなってしまったが、カレン・セニアの人格の融合の是非についても軽く触れておこう。
さて、ディスコミュニケーションの問題において「相互理解は無理かもしれないけどそれでも絆を結ぶことはできる」という結論が7話において提示されたが、今回はそこから一歩引いて「どうしてもお互い理解しあえないなら同一の人格になればいいのでは?」という提案がなされる。

「でもあなたは、αドライバーとの絆が弱かった。それは、あなたと彼女がひとつの個体ではなかったから。同一の存在ではないから。別々の人格だから。 ひとつになればすべてを理解、共有できる。そして許し、認めあえる。これが、究極の絆」

わかりあえるに越したことはない。ある種の諦観を伴った前者の結論を出した後だからこそ意義のある、電脳世界という世界観を生かした大胆なアプローチだ。
あなたも融合しようというカレンニアの提案にステラの返答は「そんなのおかしい」だが、明確な理由は描かれない。8話ラストを見る限り多少心揺れた部分もあるのではないだろうか。
しかしこれは作中ではっきりと否定される。

「どんなに好きでも私になってしまっては嬉しくありません。セニアは、私ではなくセニアだからこそ美しいのでございます」(10話より)

台詞の通りである。わかりあいたい相手の人格そのものを奪いなくすという点で融合は相互理解の放棄なのだが、それに加え、そもそも相手が他人だからこそ人は人を愛しくなるし、わかりあいたいと思うのだとしている。
また、カレンニアとステラのレース自体が暗に融合を否定する文脈で描かれている。互いを大切に想いあったからカレンニアは最後の最後で加速しきれず、天音を大切だと想えたからステラはさらに加速できた。両面性のある決着が美しい。

[他、印象に残ったシーン]

朝チュン

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その頃サナギ姉妹はしっぽり肉体関係を結んでいた。おかわりもあるぞ!
ふたりでなければエッチもできない、なんだか本編を暗喩し皮肉っているような内容である。これを観てひょっとして軍人コントは『少女革命ウテナ』でいうところの影絵少女なんじゃないかと他の回を見返してみたけどたぶんんなこたあないと思う。

○カレンニア

フュージョン(作中名称:フュージョン)。

○無限大の半分の距離
ダメ……私の頭ではさっぱりわかりません……(解:不定とか言ってはいけない

○むくれるステラ ※第2話風呂シーン

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せっかくなので(というか私が好きな場面なので)2話でのステラの言動も引っ張り出しとこう。お姉さんぶって天音にすりすりするアルマリアに咳払いするステラはやきもち焼いてるみたいでえらいかわいらしい。9話アバンでカレン・セニア姉妹のじゃれあいを見た天音とステラの一幕を経由した後で見てみると、なんとも微笑ましく感じられるシーンである。
その後の「任務に必要なツール同士、天音がリンクを怠ると自分は性能を発揮できない」という台詞も天音への皮肉めいている。
こういうロングパスの心情描写がやたらと多く、2周3周したくなる、そして観るたび面白さを発見できるのも『アンジュ』の大きな魅力である。

(※追補)
全体を貫く相互不理解の流れからは浮いているように思えるステラの問題は、想いのベクトルを向ける・向けられる、それらを信じられるという要素に着目したとき、最終編へ有機的につながってくる……のだと思う。


10話(緑の世界編) 型破り/天音と命令、紗夜と仲間

「型があるから型破り、型がなければそれは型なし」という格言がある。型破りが型破りとして大きな威力を発揮するのは、主体の型がガッチリ固まっている時だ。いくつかの型に沿った展開はほしいものが必ず来るという独特の安心感と油断を生む。そしてそれが巧く破られたとき、油断は衝撃に変じ、受け手に対して想像を遥かに越えるダメージをもたらす。

これまでも何度か述べてきたが『アンジュ』はいくつかの強固な型を以って作劇されているアニメである。
アバンでの彩城天音との出会いor天音と入浴しながらの語らい、決して省略されることのない冒頭のクソ長世界観説明、敵と味方の風呂シーン、軍人コント、敗北脱衣、御影葵の言動全般、各世界攻略後のエピローグ。
上記の構成はほぼ毎話/毎編において一貫しており(たまに「なんか科学的っぽいふわふわ説明」なども入る)、ともすればマンネリ感が生じそうな手法でもあるのだが、ネタのバリエーションやシーンを挿入するタイミングの差し替えによって退屈になるのを防いでいる。特に闇堕ち勢の風呂と軍人コントの2大笑い要素は視聴者が気を抜いた瞬間ふいに挿しこまれるパターンが多い。

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これらの中でも本編から隔離されていた(隔離という表現が一番相応しいでしょう……)、最もブレのない型である軍人コントが本編に侵食してくるのが10話である。コーナーとしてのコントはなくなったが青の世界での防衛戦全体がひとつのコントにされた錯覚。尺も1人2話完結だったこれまでと異なり1話完結となっている。何重にも型を破ることにより逆にまとまり良く感じられる、インパクトと完成度を両立した凄まじい話数である。

「仲間を作るからいざという時つらくなる。命令に従うからつらいこともしなければならない。ばれてたんだろうなあ。天音はわかってたんだ、私のこと」

カタン姉妹はさて置いて。『アンジュ』は前半1話を問題提起、後半1話をその解決に宛ててメインとなるプログレスの個別編を描いてきたわけだが、ナイアはこれまでの道程で既に自身の問題点に気付いており、自ら上の台詞で①仲間②命令の二点にきれいにまとめている。ひとりだけ尺が短いのは問題提起が済んでいるからだ。
②の命令に関しては、アバンでの天音の対応が印象的に映る。

「面倒くさいんだ。命令するのもされるのも」
「ふーん。じゃあ、『お願い』」

命令に従いアインスを見捨てた一件以降、命令する・されることを厭うようになったナイアの傷を天音は柔らかく認めている。2話までの描写を見ても天音はナイアにだけは決して命令していない。ただ、ナイアなら(取るべき行動が)わかるよね、と促している。
(余談だが、天音はプログレスの悩み苦しみに「あなたのここが問題だから直そう!」というような否定をせず(あるいは単に気付けず)、どこまでも優しく受容する。それが結果として各人の問題を悪化させている節もあるが……。)

3話から9話までの流れを経て、UCの仲間たちが問題を克服した事実、そして指揮官として天音がいかに優秀だったかを再確認し、自分もこのままではダメだと決意するナイア。指揮官を降りた自分自身と、優れた天音を重ねてもいたのだろうか。
単身緑の世界に乗りこみ、アインスも含めて皆を救うと宣言するナイアは①仲間を作ることへの恐怖も吹っ切っている。

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窮地に追いこまれアヴェンジェリアが起動した際、ナイアはアインスに逃げろと命令(お願いではなく命令!)し、かつて見捨てたことを謝り、今度は大爆発から守りきる。今までナイアを苛んできた様々な過去の清算となっている。
「本気の半分だ」は火力と尺のダブルミーニング

トンチキ姉妹が出張った影響もあってナイアの問題はあっさり目な解決を見せているが、他編とのバランスを取るためか、緑の世界編は11話のエピローグが割と描写多めに仕上がっている。読み取る余地も結構大きい。

「ナイアの声、最後まで探してくれていたの、聴こえてた。今まで言えなかった。ごめんね」
「アインス……」
「だから、気にしないで」
「気にしてないさ」
「また遊んで。本気で」
「やだ。めんどくさい」

事件後の改造で性格が変貌し、闇堕ちでさらなる破壊衝動が引き出され、ナイアに「闇堕ちで逆戻りか」とまで言わしめた強化人間のアインスが、闇堕ちが解けた結果逆に本音の「ごめんね」を伝えられたという……初めて見せる涙と涙声も相まってかなりグッとくる場面である。佐倉綾音さんが声を震わせるたびこの人ホント泣き演技巧いなと思う。
最後の「めんどくさい」については、私は最初ナイアさんそこは本気出してあげるところでは? と感じてしまい釈然としなかったのだが、「アインスは自分の一件のせいでナイアが面倒くさがりになってしまったと感じており、そのため一度でも本気を出してほしかった」と仮定するとすんなりと意味が通る。
ナイアはアインスの誘いに対し、本当に気にしていないことを表明するために
「(本気を出すのが億劫なのはアインスの件とは関係ない私の地の性格だから、和解しようがしまいが)やだよ、面倒くさい」
と答えた、と解釈できる。穿ちすぎかもしれないけど。

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「だって私たちは」
「うん、仲間だよ」

11話のお風呂シーンもすごくいい。ナイアは5人の中でも成熟しており、一歩引いた立ち位置から紗夜たち4人を見守ってきたが、それゆえに独特の距離感もあった。紗夜ハーレムへの参入こそないにせよ、このシーンでのナイアにはそういった距離は見受けられない。以前は仲間を作るのが嫌になっていたナイアが、今は紗夜の仲間であることを認めている。
全員に絆が巡ったこの終盤で、ナイアの問題のひとつを紗夜の口癖の「仲間」が回収する流れはきれい。5人が完全に仲間になったのだと実感できる瞬間。

[他、印象に残ったシーン]

○サナギ姉妹脱衣(デデデデーン↓)
……それにしてもこの回はとにかく敗北脱衣が暴虐すぎる。作中最大の衝撃としてこの脱衣と11話の口笛が双璧を成す。両方文字通り失神しかけた。7話の闇堕ちプログレスでも同様の脱衣現象があるからプロならこの展開も読めただろうがそんなプロにはなりたくない。
風呂場への強襲作戦というのは現実的に考えても効果覿面なのが悔しい。

○光の水着
規制の光を脱ごうとするアニメといえば『えとたま』が記憶に新しいが、光を着て大事な部分を隠すアニメはちょっと他に例を知らない。


11-12話(青の世界編・2) それだけで私は、私になる

最終編。紗夜が「特別」の呪縛を脱ぎ捨て、誰でもない私になるお話。
他編以上に直球勝負の、描かれている通りのお話なのでここにつらつら書き連ねる意味はあるのだろうか、と思いつつ。

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「私だけじゃ、ない……?」

「私、特別、だよね……」

天音の仲良しは自分だけだと思っていた紗夜が、他のプログレスと仲睦まじくしている天音を見て軽いショックを受けるアバン。島に来て初めて紗夜が味わった「自分は特別でない」という自覚が天音からのものだったというのが切ない。
「プレイヤー(=αドライバー)がプログレスを選択しデッキを組む」というゲームシステムを見事に作劇に組みこんでいるのも気が利いてる。

胸の痛いアバンが終わって本編。天音が封じられた次元断層の前で想いを吐露する紗夜の前に葵が現れ、同時にウロボロスの決戦兵器・アビスが起動。紗夜は葵と戦闘になる。
「特別になりたいと思っているうちは特別になどなれない」という葵の禅問答めいた言い様は3話の美海の「努力している人間は努力しているとは言わない」を彷彿とさせる。結果としてこの言葉通りのゴールへ紗夜が辿り着くのは皮肉というか巧妙というか……。
天音のチームに入隊した日を思い出し、自分は「世界の特別」でも「天音の特別」でもない、だから特別じゃないと涙ぐむ紗夜を、UCの仲間がそれぞれ否定する。紗夜はアルマリアの、エルエルの、ステラの、ナイアの特別であると。
一方で葵はそんな仲良しごっこに意味はないと断じる。
葵と紗夜のコンプレックスは似ており、自分の才能・クラスへの無力感と、より大きな才能・高いクラスへの羨望、嫉妬である(剣戟前の「闇堕ちのくせにィイイ!!」はそれを踏まえると味わい深い台詞)。美海を越えた存在という「世界の特別」になるために真摯に研鑽を積んできた葵にとって、紗夜のように「世界の特別」を「誰かの特別」で代替して埋める行為などただの甘えに他ならない。

怒れる葵を止めるのは紗夜の憧れ、葵にとっては当のコンプレックスの源である、復活した日向美海。

「みんな誰かの特別なんだ!」

言葉にすればベタな結論だ。だが、姉妹、友達、母娘、指揮官-部下と関係性を散らし、様々な「誰かの特別」、絆が結ばれるまでのプロセスを描いてきたこのアニメだからこその含蓄がある。
美海はその「誰かの特別」こそが、プログレスを強くする「絆」だとする。

……私はこの美海の台詞で、紗夜の「特別」問題はカタがついたと思ってしまい、最終話何するんだろうなあ~と緊張しながらもたぶんどこかで弛緩していた。未消化の要素を拾うくらいだろう、と。
しかし本作の主人公・紗夜はこの「みんな誰かの特別」を受け身の結論に留めない。結局自分が「特別」になるには他者からの承認が必須なのか? このベクトルを反転し、さらに一歩先の答えに踏みこむのが最終話『私は、あなたと進化する――』である。

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「天音を助けなきゃ!」

再び闇堕ちした美海を前に、活性化したアビスを見上げての紗夜の言葉。3話冒頭の再演だが、同じ台詞でも意志の変化が見て取れるようである。敵に押されて司令室の面々まで前線に出張ってくるのが総力戦の様相を呈し非常にアツい。
ミハイルが用意したリバースリンク接続装置によって紗夜たちは天音の精神世界に入り、心を閉ざした彼女との対話を試みる。そして紗夜は天音の深い孤独に触れる。

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「私には、仲間なんていない。私はひとりぼっち。ずっとずっとひとりぼっち」

「でも孤独だった。私はたくさんの人の中にいても孤独だった。いつでもそう。どこでもそう。いろんな人がいて、いろんな話をして、でもみんな自分のことばかり。私のことは、どうでもいい」

「みんなと楽しい話をしても、私の気持ちは置いてけぼり。笑顔を作ってもうわべだけ。私がいなくても、誰も気にしない」

チームのみんなのこともわからなかったと漏らす天音と、反論する紗夜。会話時の無音の演出は7話終盤を思い起こさせる。

「天音はみんなのことわかってたよ。何よりわかろうとしてくれた。それだけで十分だった。私が弱かったのが悪いの」
「でも私は、その弱さをわかってあげられなかった。それで紗夜ちゃんを苦しめた」

8話・赤の世界編エピローグでエルエルとレミエルが交わした会話の、変奏した続きとも言えるかも。
天音の言うように紗夜たちの弱さまですべて理解してやれたのなら、恐らく彼女らが抱える問題は物語開始前に解決していたのだろう。そうはならず、水面下に爆弾を抱えた状態で6人はゆるゆると続いていた。1話ラストで紗夜の爆弾が維持しきれずとうとう爆発した結果が、この現状にまでつながっている。
紗夜はそこまでわからなくていいと断言し、それでも相互理解を諦めないことこそが大切なのだと語る。

「わかりたいと願っていれば、たとえそのとき理解ができなくても、いつか必ずわかりあえる。たとえすれ違ったって必ず戻れる。わからないからって諦めちゃいけないんだ」

そして自分たちが天音をどう大切に想っているかを順番に伝えていく。11話で4人が種々の気持ちを紗夜に伸ばしたのと同様、今度は紗夜を含めた5人の気持ちをそれぞれ天音へと伸ばす形。
自分を支えてくれる妹、なんでも言いあえる親友、大切なママ、良い指揮官、紗夜が信じている存在。どれも本編で各々が自分の問題を解決できた故の認識である。
みんな天音のことが大好きなのだと飾りのない想いをぶつけたとき、天音の肩が初めて揺らぐ。天音は大切な存在だ、孤独になどさせないと伝えていく紗夜。世界を守る使命を背負ったプログレスが「世界が全部敵に回っても私は天音の味方だ」と宣言するのだ。この上なく重い言葉である。

天音は孤独から解き放たれ、エクシードリンクはより強く結び直される。絆が蘇るとともにレベルキャップ解除とばかりにプログレスたちは進化。美海を撃破し、他の先輩プログレスたちも復帰。どうでもいいがこのあたりで既に私は最高以外の感情を失っている。

「紗夜ちゃん」
「わかってるって!」

ここで1話アバンに戻ってくる……! 紗夜は以前のような苛立ちを見せることはなくむしろ嬉しげで、天音の確認も一言だけ。最高。
1話アバンを遡るように雲海を抜けるカットから、紗夜の独白が流れ出す。
特別になりたい→特別になれない→「世界の特別」にはなれずとも「誰か(アルマリアたち)の特別」にはなれた、という道のりを歩んできた紗夜が、全編を経た上での大きな気付きを得て、あるひとつの境地に至る。

「私は、特別になりたかった。自分がなくて、自分が見つからなくて、みんなが特別だって憧れる、そんな自分になりたかった。でもそれは、意味のない夢だった」

「探しても自分は見つからないんだ。天音もそうだった。自分のことは見えていなかった」

美海から与えられた回答を元に、紗夜自身の答えに辿り着く。

「ただ、まっすぐで。ただ一生懸命で。ただ負けないで、ただ挫けないで、ただ純粋に。大切な人のことをわかろうとするだけで、それだけでいい。それだけで私は、私になる」

「それが誰でもない私。それが本当の『特別』」

皆に憧れられる「世界の特別」でも、他者に想われる「誰かの特別」でもない。
人から気持ちを向けられるこれらとは異なる、自分自身が人をわかろうとする・気持ちを向けることで得られる「特別」。
自分の目で自分を探すのでなく、他者をわかろうとする視座を持つことで、観測者たる自己を逆説的に確立する。すぐ傍にいる大切な人に、独自の感情・関係性で手を伸ばすことのできる存在。ひいては天音や他の誰かを「紗夜の特別」にできる者。だから紗夜自身も他者をわかろうとしたとき「特別」になれるのだと。

「そう、私はプログレス、蒼月紗夜。私が私であることが、最大の可能性なんだ!」

大切な人に自分だけの手を伸ばせる、他の誰でもない私であるということ。
その事実への肯定に至り、紗夜は「特別」の呪いから脱する。

本編は天音と紗夜たちが互いに相手を迎え入れる言葉によって締め括られる。

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「おかえり!」
「「「「「おかえり!」」」」」

天音の「おかえり」に対する紗夜たちの返事は定型の「ただいま」ではない。
自分を受け容れてくれる・わかろうとしてくれる居場所=天音があって嬉しい、ではなく。天音が受け容れられる・わかろうとしてもらえる居場所に、自分たちが変わろうとしている。
それはプログレスからαドライバーへとリンクを逆につなげたような、崖で天音へ手を伸ばしたような、受け身ではない自発の姿勢だ。
自分たちは今度こそ天音のことをわかろうと頑張る。もちろん孤独になどしない。その姿勢を暗に示すはじまりの言葉を告げて、紗夜たちはようやく天音と真に対等な関係を結ぶ。
本当に、これ以上はない素晴らしい〆だろう。

 

[他、印象に残ったシーン]

○口笛

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♪~。口笛である。メロディはクソ長世界観説明の。EXR御影葵の闇堕ちクソムーブここに極まれり。ちょっとありえないぐらい笑える。監督直々の曲指定らしい。

○最終話世界観説明

「そして、プログレスを導く大切な存在、αドライバー。私たちは取り戻す。大切な絆を。この世界を、終わりから救うために!」

最後にして最高の型破り。ちょっとした口上の変化が紗夜の変化を何より引き立てる。世界観説明自体が御影先輩の↑の口笛ですっかりギャグに成り果てたと思ったのに……参った。熱い。

○夢を繋いで!ドリームキャスト

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SEGAアニメの面目躍如。インターネット接続可能だからリンク機材に選ばれたのだと思う。前のめりに挑戦的な姿勢で一部のコアユーザーに愛された10年早いハードウェア、なんかこのアニメみたいですね……。

○「いいね」

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Cパート。孤独の底に佇む天音にまだ見ぬ誰かがそっと与えてくれていた、あなたのことを見ていますよ、というサイン。
それは天音本人を向いたものでなく、単に天音が撮ったイルミネーションの美しさに向けられた「いいね」かもしれない。けれどきっとそんな薄っすらとした承認すら、いつか絆を結べるかもしれない可能性ではないかな、と信じたい。
胸にスッと入ってくる、『アンジュ』らしい透明感あるラストシーン。


全話通しての雑感

総じて「言葉」が強い作品である。
シンプルな、ときに陳腐にさえ聴こえる台詞に渾身のニュアンスを籠めてくる。
1話アバンの紗夜のモノローグ、青蘭学園入学前の回想、「ないよ。次なんてない!」。初めて1話を観て琴線に触れたのがその三点だ。他は先に触れた通りつらかった。そりゃもうびっくりするくらいつらかった。何せ何も見えないのだ。湯煙で、規制の光で、登場人物の異様な多さで。
それでも頑張って2話まで観た。せっかくだから3話まで観た。美海戦で感受性をぶち抜かれた。気付けば公式サイトで必死にキャラの顔と名前を覚えていた。前クールのアニメ『ハイスクール・フリート』で全然覚えられなかったことへの後悔をぶつけていたかもしれない(ならはいふりのキャラ覚えろよ、というのはさて置き)。
等身大の悩みを克己していく少女たちの物語。3話まで観た時点で私が『アンジュ』に対して身勝手にも求めたのがこれだ。結果としてその欲求は十二分に叶えられたし、それだけにも留まらなかった。
こうしたドラマに負けないほどに、コメディ要素も素晴らしかったのだ。コントも闇堕ちも細かな会話も、脳がふたつに割れるほどに。
シリアスと冗談、胸打つガチとぶっちぎれたネタを並立させるバランス感覚に優れており、いずれも片方の味を損ねていない。同様のスタイルで制作されたアニメはそれなりに多くあると思うが、このレベルにまで仕上げているのは稀有な例だろう(今期アニメだと『タブー・タトゥー』もキレッキレだったが)。

歯切れよくテンポの良い2話完結型のオムニバス形式で、展開も型に沿った一直線の王道。わかりにくい箇所は見当たらないが、初見では流してしまう些細な会話や描写にこそキャラの性格や関係性の地金が見え隠れしており、話が進めば進むほどに周回時の面白さがいや増す作りとなっている。最終話で天音がどういう人物か明らかになった現在など特にそうだ(例えば7話アバンの友達観など、下手すれば「友達なんてこのくらい薄っぺらくても成立するものなんだよ」という暗ーい見方さえ浮かんでくる……)。
シナリオを成立させるための基盤、ロジックの流れに関してもいい加減な部分は見受けられない。登場人物の情動はもちろん、それ以外の部分までしっかり詰められているのが好印象。UCである紗夜たちがEXRを打倒し得る理由が好例だ。美海の闇堕ち時のリンク不全、アルマリアの吸血による真の力の解放、説得による和解、ステラが速度機能特化型であることに加えてカレンニアの速度の自制、元スーパーエースの切り札と、納得のいく材料が組まれている。
執拗な対比と反復を繰り返す作風も鮮明に映る。過去の編でなされた問いかけを形を変えて再度取りあげたり、それまでのキャラの成長を次編のメインキャラが克己するためのエンジンに組みこんだりと、オムニバスでありながらとても有機的な構造になっている。そのあたりを洗うのも面白いだろう。

絆と相互不理解を主軸に、六者六様の少女の痛みをここまでの熱量をもって真正面から描ききり、見事まとめあげたスタッフの手腕は礼賛に値する。シリーズ構成と脚本を高山カツヒコ氏が兼任し、田村監督が自ら絵コンテを務めた回が多いのもまとまりの良さの理由だろうか。脱帽。両氏の今後いっそうの飛躍を願う。
公式サイトおまけコンテンツの『アンジュ・ヴィエルジュぷらす!』も毎回斬新なネタを提供してくれる、大変楽しく読める漫画だった。本編でタブーとされた融合を軽率にかました第8話は衝撃的すぎる。試すだけならじゃないんだよ紗夜ちゃん。ファイブゴッドドラゴンじゃないんだぞ。

さて、本作は他の何者でもない『アンジュ』という作品でしかないわけだが、その上でなお思い出してしまったアニメを最後に挙げると、以前記事にもした『放課後のプレアデス』である。オムニバスで少女たちが自身の悩みを解決、克己していく(わりとありがちだが)スタイルやところどころの叙情性に近似したものを感じていたのだが、最終話の紗夜のあの台詞によって完全に接続されてしまった。
田村正文監督は作画畑で鳴らしており『ストライクウィッチーズ2』では佐伯監督と共作もしている。ひょっとしてリスペクトだろうか。そうでなければ同じ波長の創作電波でも捉えたか。
ここまでハマったアニメはまさにこの『プレアデス』以来でもあるのでついつい名前を出してしまったが、無論『アンジュ』が好きな理由は『プレアデス』っぽいポイントがあるからではなく『アンジュ』として最高だからである。軍人コントはアデスにはないし宮沢賢治もアンジュにない。

雑感、以上。以下、参考にしたインタビュー。

エルエルを演じた豊崎愛生さんのインタビュー。演者としての読みこみの深さに舌を巻く。ちなみに私は豊崎さんめっちゃ好きです。

豊崎さんインタビューその2。こちらでもやはりキャラ解釈の強さが窺える。

紗夜を演じた寿美菜子さんのインタビュー。紗夜を演じる上での意気込み、シナリオ全体のちょっとした感想、作品そのものについてなど。

>田村監督には「よくあるかわいいアニメ」ではなく、(視聴者に)「何かを残したい」という思いが強くあったと聞いています。お風呂シーンがとても多い作品ですが、実は、マジメな話をする時には、飽きてしまわれないよう、舞台をお風呂にしているそうです。そうしたこだわりの結果、かわいらしさとシリアスなストーリーが同居し、バランスのよさでは、近年ナンバーワンの作品に仕上がっているのではないかなと思います。

なるほどたしかに「何か」が残る作品であった。きっとずっと残り続けるだろうことは想像に容易い。おかげで9/24-25に行われたSILVER LINK.展の展示も見に行ってしまった。最高だった。絵コンテって結構遊び出るんですね……タイファイターってほら、その、やっぱりかーって……

おわり。アーンジュ・ヴィエルジュ!