変わらないものを見つけるために ~放課後のプレアデス第7話『タカラモノフタツ 或いは イチゴノカオリ』読解~

放課後のプレアデスを観ていると毎週精神が崩壊寸前までいくのだけれど、今回またしても最高に過ぎるやつで文が長くなってしまったのでたまにはこちらに書く。


・あおいがすばるに覚える不安

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「あおいならすばるのことなんでもわかると思ってたよ」
「……そんなわけないよ」
「すばるちゃん、なんだか変わったみたい」

2話以降、あおいは目の前のすばるが自分の知るすばるなのだと盲目的に信じてきた。しかし、6話ですばるが自分を守ろうとしたこと、何も言わずに突然園芸部に入ってしまったことを受けて、再び不安を覚えはじめる。

2話ラストで、あおいはすばるにこう告げた。
「今度またあいつが来ても、すばるは私が守る」
この言葉が表すように、あおいの知るすばるとは、自分が守ってやらねばならない弱々しい存在、庇護対象に他ならない。
6話のときのように、自分を守るために体を張る強い存在などではない。

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あおいはすばるを元気づけるのに加えて、すばるが自分の思い描くすばるであること、変わっていないことを確かめるために、以前(2話)それを確認できたいちご牛乳を手渡す。
そして昔のように、ぽんとすばるの頭に手を置く。
「一緒に探すからさ、ひとりで抱え込むなよ」

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みなとのことを話すうちに泣き出してしまうすばる。その姿を見て、あおいは自身の思いを吐き出してしまう。
「すばる……なんで黙ってたんだよ。言ってくれたらよかったのに」

今度は1話の序盤を思い返してみたい。
バス停近くで友人と喋る「元の世界のあおい」に、すばるは声をかけられなかった。もしきちんとしたお別れをできていたなら、ひょっとしたら声をかけられたかもしれない。少なくとも、あんなにも切ない光景にはならなかっただろう。
境遇はあおいも同じだ。
彼女たちふたりは別れてしまった事実と同じくらいに、別れを選んだ理由を伝えてもらえなかったことに対して、強い痛みを感じている。
過去に横たわるその痛みは、お互いを確かめあえた2話以降もずっと棚上げにされたままだ。決してなかったことにはされていない。

そうして今もまたあおいは、園芸部に入ることも、みなとの件も伝えてもらえなかった。
蘇る痛みに耐え切れず、あおいはその場を逃げ出してしまう。

行き着いた先、校内で、あおいはひとり自分を責める。
「変わりたいって思ったんだ。だからここにいるはずなのに。結局同じことを繰り返してる」
あおいの自己嫌悪は、黙っていたすばるに怒ってしまったからだろうか。
それとも、すばるの成長を認められない、小さな自分への憤りか。

変わっていくすばると変われない自分を見比べて、「すばるは本当に私の知るすばるなのか」「またひとり置いてかれてしまうのではないか」というあおいの不安は、いっそう大きく膨らんでいく。

f:id:n_method:20150523173032j:plain「この学校に温室はないよ」
一方ですばるは、転校生の園芸部員となったみなとと再会を果たす。
しかしみなとは、さながら初対面の人間のようにすばると接する。今のところ理由は不明だが、以前と同じみなとであるという確証を、すばるに持たせようとしない。


・彗星と太陽

f:id:n_method:20150523173326j:plain「なぜこのカケラがこうして彗星の中に取り込まれているのか」
ガス惑星を突き抜けるとかしたせいで凍ってしまったのでは、と会長。
5話においていつきの自戒が土星の輪で表されたように、このカケラを覆う氷はすばるとあおいの今の関係を暗喩する。
彗星ーー大切なものを覆ってしまった現実の塊ーーに力ずくで背中を押され、前に進めばいいのか後ろに戻ればいいのか、わからないままに時間は過ぎて、5人は太陽へと落ちていく。

f:id:n_method:20150523173537j:plain燃え盛るプロミネンス。一旦の離脱。現れる角マント。
バランスを崩したあおいの手をとるすばる。あおいはその手を振り払ってしまう。『自分を支えるすばる』という構図を、その変化を認められない。
「……ごめん」
目を逸らしながら、あおいはすばるに懺悔する。
「自分でもわかってる。このままじゃダメだって。……変わりたいって思ってるのに」
あおいの言葉に顔を歪ませ、すばるは答える。
「私だって!」

すばるとあおいは1話でのように、どうして自分を置いていったのかを互いに問いかけあいながら、カケラに向かって飛んでいく。
無論ふたりとも答えられない。行き場のない感情をぶつけあうことしかできない。
思い出されるのは、別れる前にふたりで歩いた、初めての雪の日のこと。

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「本当は私のこと、ずっと足手まといだったのかなって思って。でも、怖くて訊けなかった」

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「ずっとすばるを助けてたつもりだったけど、ただのひとりよがりだったんじゃないかって、何度も思った」

そしてふたりは同時に気付く。
「私たちは置いていかれたほうなんだよ。だからふたりとも、答えを持ってないんだよね」
すばるの目から涙がこぼれる。炎が2人をさえぎる。
「私たち、一緒にいたかっただけなのに。ここでせっかく会えたのに」

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「ばかすばる! ここまできて迷うことなんてあるのか!」
「ふたりならわかってるはずだわ!」
「寄り添う気持ちで運気上昇」

今、ふたりがお互いを大切に想っているということ。
かつて別れた事実があっても、目の前の彼女が別の世界の彼女であっても、それだけは確かなことだ。
3人の言葉に背中を押されて、すばるは涙を拭う。
「行かなきゃ……行こうよ、あおいちゃん!」
「うん!」

降り積もった雪、彗星の氷が覆い隠した『大切なもの』を、熱い感情の発露と太陽の炎が剥き出しにする。ダイナミックな宇宙の情景ときめ細かい心理描写をシンクロさせた、いかにも本作らしい表現といえるだろう。詩情に満ちた鮮やかな流れが否応なく心に残る。
眼下で噴き盛るプロミネンスを眺めて、あおいはぽつりとこう漏らす。

「まるで炎の上を跳ねてるみたいだ」



・変わる関係、変わらないもの

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角マントの攻撃によろめくすばる。今度はあおいがすばるの手を取る。
ぎゅっと軽く手を握り返すすばると、はっとするあおい。すばるとあおいは目で通じあう。
そしてあおいは手を離す。守らなければと思っていた、その相手の手を。

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『もう離しても大丈夫だよ』という、すばるの想いが聴こえてくるようなシーンだ。
すばるはもう守るべき対象ではない。ともに戦い、守り守られる、対等な親友なのだ。ついに理解したあおいは、すばるにこう問いかける。お前なら当然できるだろ、と、気軽に確認するように。
「すばる、飛べるよな?」
「うん!」

並んでカケラへと向かいながら、ふたりは同じ日の過去を思い出していた。
小学六年生のとき、キーホルダーをなくしたすばるの頭に、あおいは優しく手を置いた。
まだすばるが守られるばかりだった頃のことだ。

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あおいの世界では、キーホルダーを見つけたあおいは、すばるにそれをプレゼントされる。
「いつでも、どこにいても、すばるがどんなに変わっても。変わらない大切なものは、ちゃんとここにある」

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すばるの世界では、すばるはキーホルダーをもうなくさないことを誓った。
「いつだってあおいちゃんは私を助けてくれる。だから私も変わらなきゃ。いつかあおいちゃんを守れるくらいに」

それぞれの過去と想いを胸に、ふたりは信じる。
「私たちは変わっていける」

互いが抱いたその想いは、小学校の頃、すでに相手から受け取っていたものだ。
離れ離れになって、知らない間にお互い成長して、変わってしまった世界の中で、ふたりは再びそれを見つけ出した。
だからふたりは、変わっていけると信じられる。

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プロミネンスにかかったカケラをキーホルダーと重ね合わせて、ふたりは穏やかに言葉を交わす。
「すばるに助けられてばかりじゃいられないからな」
「私だって! あ、でも、あおいちゃんと一緒にいるのはずっと好きだよ」

この、文面だけ見るとまったく脈絡のないすばるの返答。
変わらないものを見つけたすばるの言葉の、なんて頼もしいことだろうか……!
あおいに助けられるばかりの、今まで通りの自分でなくなってしまっても。
逆にあおいを助けられるような、強い自分に成長した後でも。
自分はあおいとずっと一緒にいたいんだよ、と。すばるはそう告げている。

その言葉はきっと、あおいが一番ほしかった言葉だ。

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すばるの頭に伸ばした手を、あおいはそっと引っ込める。
あおいがすばるの頭に手を置くのは、それが昔からのふるまいだからだ。守られるすばると守るあおい。変わらぬ関係を象徴するその行為に安心していたのは、何もすばるだけではない。いちご牛乳を差し出したのと同じ意味合いの行動といえる。
しかし、あおいはそんな安寧から決別する……いや、わざわざ確認する必要がなくなったと言ったほうが正しいだろう。

「どこにいてもどんなに変わっても。すばるはすばるだし私は私だ」

あおいは、自分の知らないところで成長した、変わった幼馴染を認める。
同時に、すばるの内側に変わらないものがあることを確信している。これからすばるがどんどん変わっていっても、それだけは変わらないと固く、強く信じている。
もうあおいに不安はない。

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「そうだよね」
それはもちろん、すばるも同じで。


今回の話はすばるとあおいが絆を確かめあうという一点において、一見2話の焼き直しに見えるかもしれない。しかし、その根底では「変化」に対する正反対のアプローチがなされている。
2話は相手が自分の知っている相手であること、変わっていないことを、いちご牛乳や星めぐりの歌で確かめる物語だった。
一方で今回の7話は、相手が変わってしまうことを恐れずに受け入れる、受容と肯定の物語といえるだろう。
スタート地点に立つための2話と、そこから踏み出すための7話。
「変わる」とは「変わらない」とは一体どういうことなのか。ふたつのプロセスを経て描き出した本作の緻密さ、丁寧さには脱帽するしかない。


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いつきたち3人と別れた後、すばるはキーホルダーの件を切り出す。
取り出したキーホルダーは寸分違わず同じものだった。持ち続けてきた大切なものは、どちらも間違いなく本物だ。
なぜすばるの世界ではすばるが、あおいの世界ではあおいがキーホルダーを持つことになったのか。
その理由にふたりは、やはり同時に気付く。

「私たち、置いていかれたわけじゃないんだ」
「そうだよ、私たちふたりとも、大切な友達から宝物をもらったんだよ」

都合の良い、当人たちにとって気持ちの良い解釈だろう。
けれどそれで正しいのである。ふたりがそう信じているなら、その「答え」が間違いであるはずがない。

目の前の相手とは違う、もうひとりの相手を、お互いに信じられるということ。
なぜなら目の前の相手が、自分を好きでいてくれたから。自分も相手が大好きだから。
それをもう一度、ここで確かめあえたから。

……はたから見て、間違っていると思えるだろうか?


・今一度、いちごの香り

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「あと、これ! 好きだよね!?」
失ったかもしれないものを本当に失わないために、すばるは再びみなとへ向かう。
いちご牛乳を突き出すすばるの態度は毅然としている。自分とあおいをつないだそれが、今度はみなとにつながると信じている。

変わらないものを確かめようとしているのは序盤のあおいと同じなのに、どうしてこうも受ける印象が異なるのか?
それはすばるが、みなとの変化を肯定しているからだ。

「僕は君の知らない僕に変わったかもしれない。ほとんど別人みたいにさ」
「うん、そうかもしれない。でも私、友達に教えてもらったの。だから、」

変わってしまった相手の中に、変わらないものを見つけ出せることを、すばるはもう知っている。「変わってもすばるはすばる、私は私」と笑った、あおいの言葉を覚えている。
見た目も居場所も言動も違う、自分の知らないみなとの中に、すばるは果敢に踏み込んでいく。すばる自身も、強く変わっていくために。

「みなと君はみなと君だよ」

そしてその勇気は、みなとの中に潜んでいた、変わらないみなとを見つけ出す。

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「きみはそうやってまた、どこからか扉の鍵を見つけてくるんだね」




つづく。
……しかしホント、どうなってしまうんだろうかこのアニメ。2010年代に刻まれる傑作だと思うのですが。
毎週がクライマックスで観るたびこころが爆発してしにそうになっている。